8月 10th, 2008 by taso
水出しミント ジュレップソーダ
¥150
購入場所 ナチュラルローソン 渋谷道玄坂一丁目店
シリーズの第1段、「ピール漬けハチミツレモン」が発売されたのは2007年5月。【世界のKitchenから】は、各国のお母さんが作るレシピに注目し、諸外国で親しまれている飲料を期間限定で商品化しているシリーズ。これまでに8種類が発売された。
今月6日に発売された「水出しミント ジュレップソーダ」は、キューバの “モヒート” というカクテルをヒントに作られたそうだ。水出ししたミントをソーダで割り、レモングラスとグレープフルーツ果汁を加えたさわやかな味になっている。
愛嬌のあるフォルムのボトル、真夏のキューバをイメージしたというニュアンスのあるカラー、同系色で細かく印刷されたパターン。発売日には会社のデスクでそれを飲みながら、ボトルを目線の高さに持ち上げてクルクルと回し見る。シリーズから新商品が発売される度に胸が躍る。
これまでに飲んだことのないちょっと新鮮な味は、食文化の異なる外国のレシピを取り入れているからこそ。外国の飲料からこっそりヒントを得るのではなく、思いきりひとつのシリーズにしてしまったアイデアも面白い。
ところで、電車の車内でよく見かける【世界のKitchenから】の広告には文字が多い。発売される商品が、どの国でどんな風に飲まれているか。商品が生まれた背景やレシピを丁寧に説明することで、広告にも慎ましさが漂っている。カリグラフィー的なフォントにも味わいがあるし、「とろとろ桃のフルーニュ」「ディアボロ・ジンジャー」などひと工夫あるネーミングも秀逸で、思わず飲んでみたくなる。
【世界のKitchenから】は、ウェブサイトにもちゃんと手がかかっている。各国の旅行記が美しい写真と共に掲載されていたり、セカキチ ファンクラブには、ブロガーのクチコミが集まる。日本で発売された “セカキチ” を地元の人に試飲してもらうコンテンツなどもあって、ついつい読み込んでしまうのだ。
少し前に、これまでに発売された全てのボトルを集めた広告を見た。それぞれが集まった姿は、日の当たる軒先に無造作に並んだガラス瓶を想像させた。
それを見て、最初から並べる前提で作られていたのかもしれないな、と思った。そのさりげなさは完璧で、しばらく見とれてしまったほどだった。
販売が終了しても、デザインやコンセプトが優れた商品は、長く人々の記憶に残る。【世界のKitchenから】もきっとそんなシリーズになるんじゃないかと思う。
本日の1曲
蜃気楼の街 / SUGAR BABE
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2008/07/12 『買い物日誌001 明け方のピエール』
8月 2nd, 2008 by taso
高速をひた走り、我々は金曜の早朝に苗場に到着した。会場近くの民宿の駐車場に車を止め、昨夜ホームセンターで購入したばかりのキャリーカートに「余裕!余裕!」と荷物を移す。歩道の段差で荷物を根こそぎ、ずるりと落としながらも、意気揚々と会場へ向かっていた。
長い列に並び紙のチケットをリストバンドと交換する。フェスティバルではお馴染みのリストバンドは手首のサイズにあわせホックを止める形式で、一度ホックを閉じてしまうとつけ直すことができない。毎度のことながらちょっとした緊張の瞬間である。
やっとキャンプサイトにたどり着いた時には夜が明けかかっていた。
我々はまず、友人氏がテントを張っているというDエリアを目指した。Dエリアはキャンプサイトの入り口からは結構遠いけれど、ここにはまだ平地が残されていた。
C氏はバサッとテントを広げ、あっという間にテントを完成させた。テントの中にもぐりこんで身体を横たえ、念願の平地にテントを張ることができた満足感に満たされる我々。
しばし睡眠をとるも、日が昇れば暑さですぐに目が覚めてしまう。7時を過ぎればテントの中は蒸し風呂状態となり、外に出ずにはいられない。しかし、木陰の無いこのあたりで一歩外に出れば容赦なくじりじりと太陽が照りつけてくる。前回の「斜面」に次いで、我々は日向を楽観しすぎていたのだ!
C氏が中古で買った1,600円の至極シンプルなテントは、低温サウナのようである。見れば、周りにはひさしつきのテントが多かった。日陰をテント自らが生成するとは、なんて素晴らしいことか。日が昇ると、テントから抜け出てひさしの下に寝転がっている人も多かった。
つむじまで完全に日焼けしそうな直射日光の中、我々は、背後に見える丘を目指すことにした。丘の斜面に樹木が植わっていて、涼しそうな木陰が見えた。
樹木の木陰はなんて涼しいんだろう!我々は感激のあまり目を閉じ、「寒い!寒いよー!」と日陰を存分に満喫した。
丘のふもとには若者の集団が所有するタープ(日差しを避けるための屋根)が張られていた。4脚のイスが配置され、テーブルには灰皿やコロナビールが置かれている。屋根を支えるポールには色鮮やかな旗がくくりつけられ、それが風になびいていた。
それはまるでオープンカフェのような完成度だった。ほどなくすると周りに張られたテントから、ぽつぽつと若者が出てきて、机上のスピーカーから音楽が聴こえてきた。
若きキャンプ・ブルジョワジー達の余裕の談笑を目撃しながら、テントから持ってきたクラッカーをかじった。
滑り落ちないように樹木の幹に足をかける。視界は薄い水色の空と、濃い色をした樹木の葉に覆われている。この景色の中居眠りができるなんて、なんて素晴らしいんだろうと目をつぶる。
翌朝も、ずるずると寝袋を引きずり、寝ぼけ眼で丘を目指した。芝生の匂いを嗅ぎながら心地良い風に吹かれ居眠りをする。うっすらと目を開けて、時折ブルジョワジーの暮らしを眺めた。
平地を確保したら、次は日陰だ。日陰を見極めるには太陽の出ているうちに場所を決めなくてはならない。斜面だけではない。ここでは直射日光を制してこそ、本当のキャンプ・ブルジョワジーになれるのだ。
本日の1曲
Good morning / SPECIAL OTHERS
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■フジロック通信’08FUJI ROCK FESTIVAL 2008参戦記)
2008/08/16 『フジロック通信’08 ~雷雨のち、エストロゲン編~(3日目行動記録)』
2008/08/15 『フジロック通信’08 ~お食事処フジロック編~』
2008/08/11 『フジロック通信’08 ~ゴンドラは白昼夢行き編~』
2008/08/07 『フジロック通信’08 ~僕らのジェネレーション・スケール編~(2日目行動記録)』
2008/08/03 『フジロック通信’08 ~寝ちゃいけなかった夜、編~(1日目行動記録)』
2008/08/02 『フジロック通信’08 ~若きキャンプ・ブルジョワジー編~』
2008/07/19 『フジロック通信’08 ~カネも有給休暇も今こそ!編~』
■FUJI ROCK道(FUJI ROCK FESTIVAL 2006参戦記)
2006/08/07 『FUJIROCK道 ~グッバイ・サンキュー!編~』
2006/08/06 『Red Hot Chili Peppers @FUJI ROCK FESTIVAL2006』
2006/08/05 『FUJIROCK道 ~0時を過ぎても!編~』
2006/08/04 『FUJIROCK道 ~滑降覚悟のテントライフ編~』
2006/08/03 『FUJIROCK道 ~騒いでも騒がなくてもハングリー編~』
2006/08/03 『ASIAN KUNG-FU GENERATION @FUJI ROCK FESTIVAL2006』
2006/08/02 『FUJIROCK道 ~魅惑のエンバイロメント編~』
2006/08/01 『ストレイテナー @FUJI ROCK FESTIVAL2006』
2006/07/31 『FUJIROCK道 ~ハロー苗場!高速移動編~』
2006/07/27 『FUJIROCK道 ~出発直前!いざ苗場編~』
2006/07/10 『FUJIROCK道 ~ライブのお供にゃクエン酸編~』
2006/06/08 『FUJIROCK道 ~夏嫌いインドア人間の決意編~』
2006/06/04 『FUJIROCK道 ~冷静を装う週末編~』
2006/02/28 『FUJI ROCKのOMOIDE』
7月 19th, 2008 by taso
年々ラインナップがシリスボミになっていないか? 最早サマソニの方が豪華なんじゃないか? という声が、聞こえないでもない。毎年、FUJI ROCK FESTIVALと、SUMMER SONICとを天秤にかけるのが恒例になっている。今年は大本命、2年ぶりのフジロックを楽しむことにした。
3日通し券とキャンプサイト券を購入し、民宿の駐車場も押さえた。39,800円の入場券を筆頭に、3日間の滞在費を加えればちょっとした海外旅行並みのお金がかかる。しかしカネも有給休暇も、今こそ使わなければならない。先日目出度く7月25日(金)・28日(月)の有給申請が完了した。
ところで最近入社したS女史は、開催2年目から毎年参戦しているというフジロック・マイスターである。そして言うまでもなく、最近では目があえばすぐさまフジロックの話になってしまう。
歴代フジロックの思い出話や、会場での面白エピソードなど所感や私見を述べまくる。我々の話は尽きず、上長に怒られてもなおこっそりと盛り上がってしまうのだ。
初めてキャンプで挑んだ一昨年。得た教訓は沢山ある。フジロックでのキャンプ生活に必要なものははっきりしたし、意外と必要なかったものもある。
Tシャツはいくらあっても困らないし、夜の場内を歩くにはパワフルな懐中電灯が必須である。キャリーカートなしで荷物を運搬するのは無謀だったが、直前に買った寝袋は一度も使わなかった。個人差はあるものの、3日間のテント生活に必要な荷物はそれほど多くはない。
そんなわけで、共に参戦するC氏とも打合せらしい打合せをしていない。しかし、そんな我々にも心配ごとがある。
前回、我々は金曜日の明け方に苗場入りした。すでにキャンプサイトは所狭しとテントが張られ、我々は軽い気持ちで斜面にテントを張った。
朝起きると、荷物も人も底辺に固まっている。せっかく持参したからとチェアに座ってみたものの、ものすごく前のめりだったし、テントからはみ出た荷物は虚しく斜面を転がっていった。おまけに他の荷物に押されカセットコンロのガスも漏れた。
要するに、テントを斜面に張ってしまうと色々と都合が悪い。
去年、フジロック・マイスターの彼女が一人で寝泊まりしていたテントは半分バンカーに突っ込んでいたらしい。彼女の「裏庭」では、外国の方がパターゴルフを楽しんでいたという。それでも『外人は自由やね。』とにこやかに微笑む彼女は、やはりマイスターなのである。
本日の1曲
Appproach Me / Asparagus
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FUJI ROCK FESTIVAL 2006
7月 12th, 2008 by taso
柳 宗理 ・ステンレスケトル つや消し
¥5,880
購入場所 Amazon.jp
アパレルブランドが販売する日用品( __例えば、バスマットや食器類)は、良ければデパートの食器売場の棚に並べてもらえるけれど、悪ければホームセンターのワゴンに詰め込まれる宿命にある。
それはともかく。
東京暮らしを始めた時、祖母が準備した生活用品の中にピエールカルダンのやかんが入っていた。えんじ色の胴に黒い持ち手というモダンな色づかい。今まで実家のどこかに潜んでいたのか、荷造りのために家族が慌てて買ってきたのか判らないけれど、使うほどに悪くないなと思わせる魅力があった。
柳宗理のステンレスケトルは、優れたデザインの代名詞のような存在で、おそらく「日本で一番有名なやかん」だと思う。それが折角の日用品であるならば、実際に使ってみるのがいいだろう。ピエールも10年以上も使って塗装が剥げている。
宅配人により我が家に新しいやかんが届き、古いやかんを提げてゴミ集積場に行った。
ピエールはかちゃりとアスファルトに着地して、その音で反射的に学生時代によく食べたカップ焼きそばのことを思い出した。
振り返ると、彼はその口をガードレールの方に向けていた。この時まで知らなかったけれど、やかんにも情は移る。
本日の1曲
めくれたオレンジ / 東京スカパラダイスオーケストラ
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どんなものにお金を使っているのかがわかると、ちょっと面白そう!
その人が普段、どんなものを手に取っているかを知れば価値観や人となりがわかるような気がします。そんな思いつきでひとつコンテンツを増やしてみることにしました。
7月 6th, 2008 by taso
プラットホームの風景や、スカートの紺色の裾。朝の通学時間になると続々とブログ記事が投稿され、ブログポータルサイトはちょっとした賑わいをみせる。
彼女たちは無意識的に記録を残していく。携帯からインターネット上に文章を公開するなど、10年前には想像できなかったことだ。
そんなさまを見ていると、幼い頃に記念碑の下に埋めたタイムカプセルのことを思い出した。もうあれは掘り起こされたのだろうか。上京してロクに故郷にも帰らない自分にはその知らせもない。
21世紀にタイムカプセルは必要だろうか? 今世紀の高校生は、大人になっても高校生の自分にアクセスすることができる。
少し前に、若いアナウンサーが自殺してニュースになった。最近様子がおかしい、と芸能ニュースが報じた時、彼女のブログを一度見たことがある。そしてその数日後に彼女は死んでしまった。
自殺のニュースを聞いてからブログを見ても、ブログは以前と何ら変わりないように思えた。その後、“気の利く” 周囲の人間によってブログはひっそりと閉鎖された。
一方、ブロガーが死んでも放置され続けるブログもある。以前頻繁に訪問していたとあるブログは、ある日を境に更新されなくなった。彼から発信された文章に彼の息づかいを感じる。それは数年経った今でも変わらない。たまたまアクセスした人は、彼がもういないことをきっと想像できないだろう。
死者の遺したブログには、またすぐに記事が更新されそうな気配が満ちている。そしてかつて最新だった更新日時だけが、みるみる過去になっていく。
国内のブログ総数は1,690万件に達したと先日総務省が発表した。全世界では1日当たり12万(1秒当たり1.4)の新しいブログが作成され、1日に投稿されるエントリ数は約150万件にのぼるそうだ。
人々はインターネット上に言葉を放ち、インターネットの無限の広がりは言葉の氾濫を許してくれる。通学途中の女子高生や、自殺したアナウンサーや、自分や、友人達が放った言葉は記号によって同列に表示されそこに漂っている。
少し前まで、過去とは記憶を辿るものだった。でもこれからは、死者さえも生前の記録をありありと残して死んでいくようになる。21世紀の生活は、インターネット回線無くしては見ることのできない無数の言葉に取り囲まれている。
そんなことを考えていると、ブログは何百年後にも閲覧できるメディアなのだろうか? という疑問が湧いてきた。
21世紀を生きた我々が遺した文字列に、いつかはアクセスできなくなる日がくるんだろうか。古代エジプトのパピルスみたいに、ブログも遠い昔の媒体として淘汰されゆくものなのか。
最低いつまで、この記録にアクセスできるんだろう ___?
でも10年後ですら想像できなかったように、我々は遠い未来を想像できない。
本日の1曲
隠せない明日を連れて / Tokyo No.1 Soul Set
6月 14th, 2008 by taso
スロー・ライフ【スローライフ】
1. 《効率とスピードを優先して、いつも時間に追われている現代のライフスタイルの反省に立って、自然と調和したゆったりとした時間の流れを楽しむ生活。》
近年では「自然体でおしゃれなライフスタイル」という意味で使用されることが多い。
CDショップの店員は、システマティックに一連の動きをこなす。こちらが商品を差し出せば、プレートの上で管理コードを解除しバーコードを通しクレジットカードを機械に通し通信の間にCDとチラシを袋詰めし胸ポケットから取り出したボールペンでサインを促しクレジットカードを返却しレシートを袋に滑り込ませる。
やや(かなり)スピードに欠けていたとはいえ、今日だって同じプロセスを踏んでいたはずだ。
ここはレコード文化が未だ根付く街、高円寺。CDを買うよりも、レコードを買う方が容易い。一昨年にオープンした商店街のCD屋は、高円寺的なコンセプトで運営されているようだ。広くない店内には、懐かしのフォークやウッドストック的なアメリカンロック、バブリーな時代のドライブを彷彿とさせるAORやディスコミュージックが並んでいる。
先日店の前を通りかかると、軒先に発売されたばかりのWeezerの新譜が並んでいた。この店で扱いがあるとは思わず、その足で新宿に行こうとしていたところである。
店内にかろうじて用意されたトップチャートコーナーにはJ-POPの新譜が並んでいる。五十音順に並べられた邦楽コーナーの棚はスカスカで、各行あたり数アーティストしかない。チャートよりもこの棚にインする方が難易度が高そうだった。
そんなストイックな品揃えを眺めていると、レジに立っていたご婦人がつかつかと寄ってきた。CDショップには似つかわしくないご婦人が眉を下げて『何かお探しですか?』と自分に問う。子供の体調を心配する母親のような表情をしていた。
あるバンド名を告げると、ご婦人は残念そうな顔をした。横文字のバンド名を一回で聞き取り、入荷状況を即答したことに少なからず驚いていると、ご婦人は「よかったら予約していかれますか、数日で届きますから。」と微笑んだ。
Amazonならこの店で取り寄せるより先に届くだろう。しかも自宅にポストインで。しかしご婦人を前にすると、そんな現代人的な思考回路が妙にやましくなる。咄嗟に棚からWeezerのCDをつまみあげて差し出した。
そう言えば、突然商店街に姿を現したサーティーワンアイスクリームの前は、どんな店があったんだっけな。それを聞くと、ご婦人は以前そこにあった化粧品店の話をしてくれた。袋に冊子とチラシを同封していいか丁寧に確認をとり、背後にあるクレジットカードの機械相手にしばらく首を傾げると、振り返って「通信中。」と言った。
日用品の買い出しを終えて部屋に戻り、さっそくCD屋の袋を開けてみた。チラシや冊子は入っているものの、肝心のCDが見当たらない。念のため他の店の袋も開けてみるがやはり無い。
まじまじとCDショップのビニール袋を見る。空の袋を揉んでみたりもした。開封口の真ん中はテープで閉じられていて、破れた形跡もない。まるで密室殺人である。(CDはどんな方法でここを出たのか?)
半信半疑で店に電話をかけるとご婦人が出、開口一番に『うぃーざー!』と言った。そして数十分後、自宅にCDが届けられた。ショルダーバッグを斜めがけしたご婦人は両手を胸の前で合わせ、ゴメンのポーズをしていた。
友人氏はそのエピソードを「スローライフ」と形容した。
買ったCDを渡し忘れるCD屋なんて聞いたことがない。でも高円寺にはそんなCD屋がある。
本日の1曲
Troublemaker / Weezer