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密室殺人的スローライフ

スロー・ライフ【スローライフ】
1. 《効率とスピードを優先して、いつも時間に追われている現代のライフスタイルの反省に立って、自然と調和したゆったりとした時間の流れを楽しむ生活。》
近年では「自然体でおしゃれなライフスタイル」という意味で使用されることが多い。

CDショップの店員は、システマティックに一連の動きをこなす。こちらが商品を差し出せば、プレートの上で管理コードを解除しバーコードを通しクレジットカードを機械に通し通信の間にCDとチラシを袋詰めし胸ポケットから取り出したボールペンでサインを促しクレジットカードを返却しレシートを袋に滑り込ませる。
やや(かなり)スピードに欠けていたとはいえ、今日だって同じプロセスを踏んでいたはずだ。

ここはレコード文化が未だ根付く街、高円寺。CDを買うよりも、レコードを買う方が容易い。一昨年にオープンした商店街のCD屋は、高円寺的なコンセプトで運営されているようだ。広くない店内には、懐かしのフォークやウッドストック的なアメリカンロック、バブリーな時代のドライブを彷彿とさせるAORやディスコミュージックが並んでいる。

先日店の前を通りかかると、軒先に発売されたばかりのWeezerの新譜が並んでいた。この店で扱いがあるとは思わず、その足で新宿に行こうとしていたところである。

店内にかろうじて用意されたトップチャートコーナーにはJ-POPの新譜が並んでいる。五十音順に並べられた邦楽コーナーの棚はスカスカで、各行あたり数アーティストしかない。チャートよりもこの棚にインする方が難易度が高そうだった。
そんなストイックな品揃えを眺めていると、レジに立っていたご婦人がつかつかと寄ってきた。CDショップには似つかわしくないご婦人が眉を下げて『何かお探しですか?』と自分に問う。子供の体調を心配する母親のような表情をしていた。

あるバンド名を告げると、ご婦人は残念そうな顔をした。横文字のバンド名を一回で聞き取り、入荷状況を即答したことに少なからず驚いていると、ご婦人は「よかったら予約していかれますか、数日で届きますから。」と微笑んだ。

Amazonならこの店で取り寄せるより先に届くだろう。しかも自宅にポストインで。しかしご婦人を前にすると、そんな現代人的な思考回路が妙にやましくなる。咄嗟に棚からWeezerのCDをつまみあげて差し出した。

そう言えば、突然商店街に姿を現したサーティーワンアイスクリームの前は、どんな店があったんだっけな。それを聞くと、ご婦人は以前そこにあった化粧品店の話をしてくれた。袋に冊子とチラシを同封していいか丁寧に確認をとり、背後にあるクレジットカードの機械相手にしばらく首を傾げると、振り返って「通信中。」と言った。

日用品の買い出しを終えて部屋に戻り、さっそくCD屋の袋を開けてみた。チラシや冊子は入っているものの、肝心のCDが見当たらない。念のため他の店の袋も開けてみるがやはり無い。

まじまじとCDショップのビニール袋を見る。空の袋を揉んでみたりもした。開封口の真ん中はテープで閉じられていて、破れた形跡もない。まるで密室殺人である。(CDはどんな方法でここを出たのか?)

半信半疑で店に電話をかけるとご婦人が出、開口一番に『うぃーざー!』と言った。そして数十分後、自宅にCDが届けられた。ショルダーバッグを斜めがけしたご婦人は両手を胸の前で合わせ、ゴメンのポーズをしていた。

友人氏はそのエピソードを「スローライフ」と形容した。
買ったCDを渡し忘れるCD屋なんて聞いたことがない。でも高円寺にはそんなCD屋がある。

本日の1曲
Troublemaker / Weezer

酔狂的人間模様

このマンションの向かいのビルの1階はちょっとしたスナック街になっているようだ。

引っ越してきてすぐその喧噪と生活を共にすることになった。扉がカランと開く度に轟くカラオケの音や、懐かしのジリリリという黒電話の音。カラオケで「あたぁたぁめてえぇえ〜〜」と悦に入っている歌声。

その歌声を聞く時、いつも同じフレーズでフルボリュームの盛り上がりを見せることから彼が常連客であることが伺える。そして暫くすると乾いた拍手の音が聞こえる。ここまでが毎回同じだ。駅近くのスナック街には毎晩ママ達のゲラゲラという笑い声と酔ったお客の高らかな笑い声が絶えない。

あるお店のママは必ず道端までお客さんを見送りに来る。毎晩何度もそのやりとりが聞こえる。我が家に来る友人達は一度は耳にしたことがあるはずで、その回数を考慮するとお店は結構繁盛しているようだ。(週末はやっぱり客の数が違う!)と勝手に感心したりしている。

「またいらしてくださいネ」「ありがとうございましたッ」というママにしてはヨソイキな客とのやりとりが聞こえたかと思うと、次には「風邪ひくなヨッ!ガハハ」「ころぶなよッ!ガハハ」と常連さんに声を掛けている。言葉は幾分変わるものの、ママの人懐っこい朗らかさは変わることがない。

「あら、雨だねぇ」「寒いわけだよォ、雪だもん!」という声が聞こえるとママが立ち去ってからそっと窓を開けてみたりする。ママは気象情報も教えてくれるのだ。
そして年末年始には挨拶を忘れない。「来年もよろしくネッ」と「今年もよろしくネッ」は12月初旬から1月終わりまで続いた。

ある休日の昼下がり、昼寝でもしようかとベッドに寝っ転がっていると、向かいの道端からゲラゲラと聞き慣れた笑い声がする。まだ昼の1時といったところだ。片付けやらを考慮すると7時くらいまでは店にいるはずだし、開店までにはまだ時間がある。その「ど真ん中」的な時刻におののく。ママはいつ寝ているのだろう?

近隣にスナックや居酒屋が多いせいで部屋の真下の道端で酔っぱらいが喧嘩を始めておまわりさんが駆けつけることもある。明け方に若者グループが大声で歌い出して仲良く盛り上がっていると思うと、そのうちやっぱり喧嘩を始めてしまう。穏やかではない彼等のファイトで折角の睡眠が台無しになることもある。オイオイ勘弁してくれよ、と思いつつも部屋の窓を開けて観戦してしまったりする。

早朝の道端で客を送り出すママに遭遇したことがあった。いつも階上から声を聞いたりチラッと見たりするだけだったが、朝日の中で見るママにちょっとした感動を覚えた。ママは和服を着ていた。毎日わざわざ着物を来てお客さんを待っているということに驚き、感動した。

日々酒場で繰り広げられる光景に、なんとなく人間の営みのようなものを感じてしまうと言ったら大袈裟だろうか?

さっき、今夜はなにを書こうかナ、とベッドに寝そべっていたらママの声が聞こえてきた。そしてこの文章を書き始めた。どうやら、またママが客を送りにやってきたみたいだ。

本日の1曲
Whisky & Unubore / ZAZEN BOYS