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21世紀の文字列


プラットホームの風景や、スカートの紺色の裾。朝の通学時間になると続々とブログ記事が投稿され、ブログポータルサイトはちょっとした賑わいをみせる。
彼女たちは無意識的に記録を残していく。携帯からインターネット上に文章を公開するなど、10年前には想像できなかったことだ。

そんなさまを見ていると、幼い頃に記念碑の下に埋めたタイムカプセルのことを思い出した。もうあれは掘り起こされたのだろうか。上京してロクに故郷にも帰らない自分にはその知らせもない。
21世紀にタイムカプセルは必要だろうか? 今世紀の高校生は、大人になっても高校生の自分にアクセスすることができる。

少し前に、若いアナウンサーが自殺してニュースになった。最近様子がおかしい、と芸能ニュースが報じた時、彼女のブログを一度見たことがある。そしてその数日後に彼女は死んでしまった。
自殺のニュースを聞いてからブログを見ても、ブログは以前と何ら変わりないように思えた。その後、“気の利く” 周囲の人間によってブログはひっそりと閉鎖された。

一方、ブロガーが死んでも放置され続けるブログもある。以前頻繁に訪問していたとあるブログは、ある日を境に更新されなくなった。彼から発信された文章に彼の息づかいを感じる。それは数年経った今でも変わらない。たまたまアクセスした人は、彼がもういないことをきっと想像できないだろう。

死者の遺したブログには、またすぐに記事が更新されそうな気配が満ちている。そしてかつて最新だった更新日時だけが、みるみる過去になっていく。

国内のブログ総数は1,690万件に達したと先日総務省が発表した。全世界では1日当たり12万(1秒当たり1.4)の新しいブログが作成され、1日に投稿されるエントリ数は約150万件にのぼるそうだ。

人々はインターネット上に言葉を放ち、インターネットの無限の広がりは言葉の氾濫を許してくれる。通学途中の女子高生や、自殺したアナウンサーや、自分や、友人達が放った言葉は記号によって同列に表示されそこに漂っている。

少し前まで、過去とは記憶を辿るものだった。でもこれからは、死者さえも生前の記録をありありと残して死んでいくようになる。21世紀の生活は、インターネット回線無くしては見ることのできない無数の言葉に取り囲まれている。

そんなことを考えていると、ブログは何百年後にも閲覧できるメディアなのだろうか? という疑問が湧いてきた。

21世紀を生きた我々が遺した文字列に、いつかはアクセスできなくなる日がくるんだろうか。古代エジプトのパピルスみたいに、ブログも遠い昔の媒体として淘汰されゆくものなのか。
最低いつまで、この記録にアクセスできるんだろう ___?

でも10年後ですら想像できなかったように、我々は遠い未来を想像できない。


本日の1曲
隠せない明日を連れて / Tokyo No.1 Soul Set

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