Archive for the '高円寺コラム' Category

高円寺の冬のアルバム



たとえば缶ジュースが飲みたくなってマンションの階段を降りて自動販売機に行くと、そのまま近所を散歩したくなることがある。それにしても部屋着のままだし、と部屋に戻れば、もう外に出るのが面倒になってしまう。いつもそんな調子なので、近所の景色はなんとなく見ることがない。

東京では形の整った街路樹を見るばかりで、ぼうぼうと茂り放題の樹木を目にする機会はほとんど無い。ここでは地滑りの心配も無いし、水はけが悪くて何日も乾かない泥のたまりに顔をしかめることも無い。行儀良く植わった植物を見ると、シュミレーションゲームでマス目に植えられた木を見ているような気持ちになる。植え込みのツツジは1マスから。4マスあったらケヤキの木。

その日、スーパーでの買い物のあとふらっと神社の境内に入ってみた。朝晩通りかかる神社なのに、境内に入ったことは数回しかない。我が家に遊びに来る友人達と、『こんなところに神社があるんだ。』『そうなんだよ。』というやりとりの元、何度か見学した気がする。

神社のすぐ前は車道になっていて、雨が降れば無数の銀杏の葉がコンクリの地面にぺったりと張り付き、翌日になれば乾燥した落ち葉が押し花のように路面に定着している。そう。毎日見るのは足元の落ち葉だった。だから休日の午後に鳥居の近くの大きな木をしげしげと見上げてみた。シリアルやらキャベツやらの入ったレジ袋を下げて。



12月の銀杏の木は大方の葉を落とし終えたみたいだった。遠目にもわかる先端の乾燥した枝の有様と、薄水色の空は紛れもない冬の景色で、こんなに近くにそんな景色があることに今更驚いた。そしてその時、どうしようもなく自分が時代遅れな人に思えてきた。

こんなところに佇んでいるのは自分だけではないのか。皆はもう違う場所に行ってしまったのではないか。自分が都会の景色の郷愁に浸っている間に暖かな安らぎを手に入れたのではないか。そんな風に思えて少し寂しくなった。

銀杏の木を見上げたまま体を反らせると冬の薄い水色の空が見える。ついでに更に更にふんぞりかえると、枝や白いマンションの外壁がカメラの四角い液晶画面に覆いかぶさってきた。

冬らしい空を目の当たりにし、東京には空が無いという有名なフレーズを闇雲に信じすぎていたのかもしれないと思った。この神社は狭いけれど、その印象の良し悪しに関わらずここにはここの空があって、冬の景色があって、自分はあの詩作の主人公ではないのだ。もっと色んな東京を見たいと思った休日だった。


本日の1曲
BYRD / EGO-WRAPPIN’

密室殺人的スローライフ

スロー・ライフ【スローライフ】
1. 《効率とスピードを優先して、いつも時間に追われている現代のライフスタイルの反省に立って、自然と調和したゆったりとした時間の流れを楽しむ生活。》
近年では「自然体でおしゃれなライフスタイル」という意味で使用されることが多い。

CDショップの店員は、システマティックに一連の動きをこなす。こちらが商品を差し出せば、プレートの上で管理コードを解除しバーコードを通しクレジットカードを機械に通し通信の間にCDとチラシを袋詰めし胸ポケットから取り出したボールペンでサインを促しクレジットカードを返却しレシートを袋に滑り込ませる。
やや(かなり)スピードに欠けていたとはいえ、今日だって同じプロセスを踏んでいたはずだ。

ここはレコード文化が未だ根付く街、高円寺。CDを買うよりも、レコードを買う方が容易い。一昨年にオープンした商店街のCD屋は、高円寺的なコンセプトで運営されているようだ。広くない店内には、懐かしのフォークやウッドストック的なアメリカンロック、バブリーな時代のドライブを彷彿とさせるAORやディスコミュージックが並んでいる。

先日店の前を通りかかると、軒先に発売されたばかりのWeezerの新譜が並んでいた。この店で扱いがあるとは思わず、その足で新宿に行こうとしていたところである。

店内にかろうじて用意されたトップチャートコーナーにはJ-POPの新譜が並んでいる。五十音順に並べられた邦楽コーナーの棚はスカスカで、各行あたり数アーティストしかない。チャートよりもこの棚にインする方が難易度が高そうだった。
そんなストイックな品揃えを眺めていると、レジに立っていたご婦人がつかつかと寄ってきた。CDショップには似つかわしくないご婦人が眉を下げて『何かお探しですか?』と自分に問う。子供の体調を心配する母親のような表情をしていた。

あるバンド名を告げると、ご婦人は残念そうな顔をした。横文字のバンド名を一回で聞き取り、入荷状況を即答したことに少なからず驚いていると、ご婦人は「よかったら予約していかれますか、数日で届きますから。」と微笑んだ。

Amazonならこの店で取り寄せるより先に届くだろう。しかも自宅にポストインで。しかしご婦人を前にすると、そんな現代人的な思考回路が妙にやましくなる。咄嗟に棚からWeezerのCDをつまみあげて差し出した。

そう言えば、突然商店街に姿を現したサーティーワンアイスクリームの前は、どんな店があったんだっけな。それを聞くと、ご婦人は以前そこにあった化粧品店の話をしてくれた。袋に冊子とチラシを同封していいか丁寧に確認をとり、背後にあるクレジットカードの機械相手にしばらく首を傾げると、振り返って「通信中。」と言った。

日用品の買い出しを終えて部屋に戻り、さっそくCD屋の袋を開けてみた。チラシや冊子は入っているものの、肝心のCDが見当たらない。念のため他の店の袋も開けてみるがやはり無い。

まじまじとCDショップのビニール袋を見る。空の袋を揉んでみたりもした。開封口の真ん中はテープで閉じられていて、破れた形跡もない。まるで密室殺人である。(CDはどんな方法でここを出たのか?)

半信半疑で店に電話をかけるとご婦人が出、開口一番に『うぃーざー!』と言った。そして数十分後、自宅にCDが届けられた。ショルダーバッグを斜めがけしたご婦人は両手を胸の前で合わせ、ゴメンのポーズをしていた。

友人氏はそのエピソードを「スローライフ」と形容した。
買ったCDを渡し忘れるCD屋なんて聞いたことがない。でも高円寺にはそんなCD屋がある。


本日の1曲
Troublemaker / Weezer

ストリートの店長

一日中家に居ると様々な音が聞こえてくる。すぐ下の道を通る人々の話し声や、時折通り過ぎるバイクや車の音。豆腐を売り歩く笛や便利屋のトラックの宣伝テープ。
そこにまたひとつ新たな街の音が加わった。客を呼び込む古着屋の店長の声だ。

引っ越してきた当初、このマンションの2階は古着屋の倉庫になっていた。しかし昨年の夏に騒々しい改装工事が始まり、1ヶ月後には2階にも店舗がオープンした。1階で営業していた古着屋が、店舗スペースを大幅に拡大したのだった。

『どうぞ2階の方にもありますんで見てくださいっ』
ものすごく早口なため、ほとんど何と言っているのか聞き取れない。注意深く耳を澄ませ、何度もリスニングにトライしてようやく理解できた。
掛け声は人が通りかかる度に繰り返される。したがって、人通りの多くなる週末になると一層間隔が狭くなる。15時過ぎの彼はとても忙しそうだ。言い終わらないうちに同じ文言の文頭を繰り返している。

通りから店舗を除くと、奥に階段が見える。1階の売り場面積は広いとは言えず、この店のメインは2階だと言ってもいいだろう。彼がアピールしたいのは昨夏にオープンした店の2階であるようだ。雑居ビルの2階まで、お客を上げるのは大変だと聞いたことがある。

呼び掛けは洋服店ではありふれた行為だ。ショッピングビルやデパートでは、『御覧くださいまさー』と「せ」よりは「さ」に近いような奇妙な発音で客寄せが行われているが、古着屋の客寄せを聞いたのは初めてだった。
改装工事は始まった時は(古着屋も意外と儲かるんだナ)と思った。古着屋激戦区の高円寺で店舗を拡大するなんて景気がいい。

彼が店長であるかは実は知らない。しかし一日中道端に立って、通行人に呼び込みを続ける彼はきっと店長だろう。何らかの心境の変化か、切迫する売り上げ事情を考慮してかわからないが、唐突にそれは始まった。(もう少しゆっくり言えば効果も上がるかもしれない)
一ヶ月ほど前から始まった彼の声も、今では我が家に聞こえてくる街の音のひとつになった。


本日の1曲
Alternative Plans / ELLEGARDEN



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9/3 『古着屋の若者たち

25時の風景

新宿方面からやってきた電車がホームに停車する。車両の中の人影が少しざわつき、間もなくして駅から人々が排出される。右からやって来た電車は左へ走り去り、それは25時を過ぎてもしつこく繰り返される。ロータリーに面したビルの2階、窓際の席に腰掛けると、25時の景色が見えた。

若者達は車道を歩き、客のいないタクシーがロータリーを周回する。道端にあるスナックの看板はチカチカと電球を点滅させ、雑居ビルの非常階段には真っ黒な人の姿。蛍光灯で眩しい駅のホームには、下り電車を待つ人影が等間隔に並んでいる。キャバクラの呼び込みの黒スーツもラストスパートをかけ、執拗に勤め人を追い回している。

週末は混み合うこの店のいい時間はやはり夜中だ。天井にはシーリングファンが回り、通路の黒い鉄製の支柱もクラシックな趣がある。板張りの床は店員が歩くたびにゴトゴトと篭った足音がする。

店内には客が2組いて、それぞれが親密そうにアルコールを飲んでいる。近隣で飲んだ後、別れ惜しくてここに来る客も多そうだ。ひとりの客は自分だけだった。

暫くすると、店員が店内の灯りを調節してまわり、店内は一段と暗くなった。ガラス張りの効果で、店は外の暗闇に溶け込んでいるようにも感じられる。真夜中の瞑想にはうってつけの環境だ。

終電の時間が近づくにつれ次々と客が帰っていく。騒がしさが一段落する時間を見計らって25時にここに来た。この時間に酒を飲まずに落ち着ける場所はなかなかないかもしれない。もっとも、落ち着きだけを求めてここに来るというわけでもない。

ある作家は『夜中の3時には動物だってものを考える』と言った。あらゆる液晶画面から離れると本当に考えたいことや味わいたい言葉と対面できる気がする。
だから思考が滞りそうになるとここへ来て、真夜中の風景を眺める。雑多なあれこれを取り払って、真夜中の風景を眺めていると、正直な感情が湧いてくるのを感じる。

外へ出かけることは気分転換になるし、ふらりと入れる店の雰囲気も気に入っている。ゆっくりとものを考えたい時は、よくこの店のスペースを借りる。
昼間は、開け放たれた店の窓からいつも愉しげな笑い声が聞こえてくる。ランチの大きなピクルスもいいけれど、心地良い闇に包まれる深夜はもっといい。


本日の1曲
Sullen Girl / Fiona Apple



Yonchome Cafe

Open Everyday am 11:30 – am 3:00 Close
東京都杉並区高円寺南4-28-10 2F
(高円寺南口ロータリー左手 花屋の2階)
Tel 03-5377-1726

異空間へようこそ『珈琲亭 七つ森』


高円寺駅南口から伸びるPAL商店街の先に、ルック商店街は繋がっている。古着屋や雑貨店が軒を連ね、週末になると人通りが多い。通過する自転車もヨロヨロしている。
『珈琲亭 七つ森』は個性的商店がひしめく商店街にあって一際異彩を放つ。

店内は8割くらいの席が埋まっていた。奥のテーブルにつき木のベンチに腰掛ける。今日はキーマカレーをオーダーした。メニューは全て末端が「五円」でおつりの五円玉には小さなリボンがついてくる。
店内は入れ替わりお客さんが訪れ、その度にカラカラと扉のベルが鳴る。

棚には磁器やグラスが並び、天井からは吊された小ぶりのランプがオレンジ色の光を放つ。壁にはいつ止まってもおかしくないような古時計がかかっている。目の前に置かれた大きなふくろうのマッチ箱で煙草を吸う。

板張りの床も、天井の梁も、テーブルもにも、木製の美しいツヤがある。白い漆喰の壁に、深い茶の色合いが安心感と懐かしさをもたらす。
オーナーは開店当初、資金を節約する意味もあって味わいの出やすい木のインテリアを選んだらしい。開店は1978年、ほぼ同い年である。成る程、30年近くが経過した今では試みの成功に疑いがない。

窓が無いこの空間にいると、外の天候や時間をすっかり忘れてしまう。店を通りかかる度に、幼い頃に見た宮沢賢治の影絵を思い出していた。看板の猫や、マッチ箱のふくろう。店名の由来が宮沢賢治ゆかりの地名にちなんでつけられたことは最近知ったばかりだ。ノスタルジックで、優しい印象だが、それらのモチーフはどこか時間の感覚を麻痺させる不安な力が潜んでいる。

通りから見ると、店の側面はスパッと切れたような不思議な外観をしている。以前は長屋で、両隣で営業していた店舗は立ち退き、この店だけが残ったため唐突な外観をしているらしい。建物左は小さな交差点、右は狭い空き地になっている。

七つ森は”タイミングを逃して現代に残ってしまった”ような、そんな趣もある。そこだけ時が止まっているような異空間さはこんな立地条件にも理由があるかもしれない。店内の時計が”本当に”止まっているのに気付いたのは、店を出る直前だった。


本日の1曲
Atoms For Peace / Thom Yorke

高円寺は日本のインド

みうらじゅんは『高円寺は日本のインド』と言った。高円寺駅南口の噴水広場は日本のガンジス川、らしい。成る程、高円寺にはインドやタイ、ベトナムといったアジア系飲食店や、雑貨店が多い。

中でも有名な『元祖 仲屋むげん堂』は高円寺発のエスニック雑貨店で、高円寺には本陣、はなれ(共にガード下)、八番街(パル商店街内)がある。
店内にはインドやネパールから買い付けたインテリア小物や衣類が所狭しと並ぶ。アクセサリー類は種類も多くて人気。フリークロスは安くて絵柄も豊富でおすすめ。香のかおりが漂い、手作り感溢れる無骨な雑貨たちは色彩も鮮やか。

店内では手作り新聞「むげん堂通信」が配られる。買い付け時の裏話やエスニック料理のレシピ、旅行記など盛り沢山の内容で結構楽しめる。店内で買い物をしていると、感じの良い店員氏がつかつかと寄ってきて『今月号はお持ちですか?』と尋ねられること多数。
バレンタインデイにはチョコレート、渋谷店がオープンした時はポーチのプレゼントがあった。染物を買った時は、洗濯時のアドバイスまでくれる。共に高円寺探索をした我が家の両親も好感を持った様子。

マンションの近所にはむげん堂が経営する無国籍居酒屋『むげん堂 アジア’nママ』がある。人気のランチタイムは15時まで、無国籍料理のランチプレートが楽しめる。ここもむげん堂と同じく滅茶苦茶感じの良い店員氏が迎えてくれる。

螺旋階段で地下へ降りると、昼間でも雰囲気充分。天井が高い店内は居心地も良い。10種類以上のメニューはワンディッシュプレート式で680円。日替わりサービスランチは500円。タイカレーと豚肉のピリ辛生姜炒めがダブルで楽しめて500円はやはり安い。

注文をすると、まず角切りキャベツがテーブルに運ばれてくる。無骨過ぎる外観ではあるが、特製の無添加ドレッシングが非常においしい。カウンターの巨大なボウルに入った山盛りのキャベツはおかわり自由。

ところで、ランチを頼むと20円でスープをオーダーできる。このスープがすこぶるおいしい。鳥ひき肉と短いはるさめが澄んだスープによく合う。
何故最初からランチの値段に組み込まれていないのか?容量2倍のダブルは何故いきなり100円なのか?などちょっとした謎も吹き飛ぶ美味しさ。

食後にはスパイシーでコクのあるチャイ(200円)でランチ終了。これで770円なのだからやはりリーズナブル。
ランチを食べている間も続々とお客さんが入店する。自由業風のおじさんや古着屋のお兄さん。女性ひとりでも気兼ねなく入店できる。

高円人に愛されるアジア’nママは高円寺南口。ガンジス川を越え、4丁目カフェと銀行の間の道を入り約100メートル。

本日の1曲
Mr. Tambourine Man / Bob Dylan



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6/10 『高円寺商店街ライフ
2/6 『我が街、高円寺

古着屋の若者たち

自宅の下階には古着屋がある。おそらく、その店では10人くらいの若者が交代で働いている。
時々マンションの廊下には洋服の詰まったダンボールが並んでいる。ラベルを見るとどうやら海外から輸入されているらしい。建物には古着屋特有の衣類の匂いが漂っている。

毎日、古着屋の若者たちは居住者達に気を遣いながら仕事に励んでいる。重い荷物を持ってホームセンターから帰宅する時も、両手にスーパーの袋を提げて帰ってくるときも、若者たちは居住者に道をあけ、感じの良い挨拶をする。

店長とおぼしき若者は同い年くらいだろうか。彼は作業中に通りかかると手を休め、恐縮した笑顔で挨拶をする。何人もいるバイト君達も一様に感じが良い。店舗兼住宅のこのマンションの出入りは、居住者よりもバイト君達の方が多いのではないかと思われるくらいだ。
彼らが仕事に精を出すあまり、階段を下りていくと同僚に向ける無邪気な笑顔を間違って向けられる時もある。若者たちは恥ずかしそうに笑顔をごまかしながら、軽く会釈をする。

店が開店する11時頃から23時頃まで、若者たちは店と倉庫の往復を繰り返す。複数の若者が働いているのにも関わらず、彼らは無駄話をあまりしない。騒ぐこともなく黙々と作業に没頭し、タグ付けや棚卸の地味な仕事をこなしている。

倉庫のドアが開けっ放しの時、普段見ることのない部屋の中を覗き見ると、部屋の中は段ボールだらけで所狭しと古着が積み上げられている。エアコンもない部屋は、そこから熱気が流れ出してくる程もうっとしている。いつもこんな暑い部屋で重労働をしていたのか、と驚き冷たいお茶でも差し入れたい衝動に駆られる。しかし今は無関心な居住者を装い、毎日軽く会釈をして通り過ぎている。

古着屋の時給は恐ろしく安いというのを聞いたことがある。将来古着屋をやりたいと思う若者が修行の意味で働くことも多いらしい。今はこのマンションを忙しく動き回っている若者も、いつか自分の店を持つのだろうか。


本日の1曲
The Good Life / Weezer

阿呆みたいに踊るのさ!踊るのさ!

昨夜仕事帰りには、駅のホームから阿波踊りの大群が見えた。高架下から続く高円寺通りは花道と化していた。そして今日。午後になると徐々に高円寺に人が増えてきた。今夜は『東京高円寺阿波おどり』最終日だ。

20時前に自宅のマンションを出ると、通りは人で溢れかえっていた。近くの神社からは夜店がはみ出し、お好み焼きの屋台には長い行列が出来ている。風邪気味の体をおして家を出てきたしまったことを一瞬後悔する。

混雑の表通りを避け、裏通りをするすると歩いていくと徐々に大きくなる祭りの喧噪。シャンシャンシャン、ドンドンドドン。あらゆる擬音を駆使したくなる祭りの音。

通りにはくまなく人だかりが出来、阿波ダンサーを見るのも一苦労。場所を細々と移動しながらやっと視界の50パーセント(残りの50パーセントは人の頭)で見物できる場所に落ち着いた。

阿波踊りには全国各地からダンサーが訪れる。彼等はそれぞれのグループ、”連”に属していて、浴衣やちょうちんなどの小道具にはその名前が記されている。ひとつの”連”が過ぎると、また次の”連”のパフォーマンスが続く。連の紹介アナウンスも流れ、パフォーマンスが始まる毎に、観客達は拍手をしてダンサーを迎える。

先頭から、子供→若者→男性→女性の順で構成されている連が多いようだ。
意外なことに、阿波ダンサー達は若い。半分以上は30歳以下なのではないだろうか。これは意外な驚きで、高円寺に越してきて実際に阿波踊りを見るまでは年配の方が踊っていると思っていた。

女性達は鮮やかな浴衣できちんと整列して登場する。艶っぽい手の動きは、上空の空気を撫でているように見える。女性達が登場するとにわかに場の雰囲気も変わる。

今夜も多くの若者ダンサーを目撃した。観客を煽りながら溌剌と踊っている姿がとても魅力的だった。会場にはカップルの姿も多く見かけたけれど、きっと彼女たちは若い男子ダンサーに釘付けになっていたはずだ。男子諸君、モテたいのなら阿波を踊るとよいかもしれない。

個性的な阿波ダンサーもいる。男踊りとも女踊りともつかぬオカマ踊りで観客を色っぽく挑発するオジサンや、スパンコールの縫いつけられたハッピを着た目立ちたがりのお兄さんも滑稽な動きで笑わせくれる。それぞれの鳴り物で軽快にリズムを刻んでいる。 

歩道の脇には座敷席がある。コンクリの道路にゴザを敷いただけの席でも、多くの見物客には羨望の的だ。ビールやおつまみをつまみながら、パタパタとうちわでリズムをとりながら、観客も阿波踊りを目一杯楽しんでいた。

阿波踊りの開催時間はわずか3時間。18時にスタートし、21時で終演となる。交通規制が即刻解除されるために、21時ぴったりに祭は終わる。アナウンスの合間に残り時間がカウントダウンされていく。
『あと3分です!・・・あと30秒!』
『あと10秒です!(ここからは皆でカウントダウン)・・・3!2!1!!』

大勢の観客の拍手に包まれて21時を迎えると、阿波ダンサー達も観客も皆笑顔で拍手し合っている。通りが熱気に包まれた3時間。寂しさを感じさせない結構いい演出かもしれないナ、などと思う。そう思いながら笑顔で拍手をした。


本日の1曲
ロックとハニー / SPARTA LOCALS

ピンとこない神社の祭

夕刻、近所の自販機に煙草を買いに行く途中、神社の前を通り掛かった。
神社の敷地は狭く、田舎の神社しか知らなかった自分にはどうもピンとこない場所だ。かろうじて名前を知っているだけの神社。
しかも氷川神社という名前はありふれている。どういうわけか、この辺りでは至るところに氷川神社があるのだ。

今日から始まった高円寺阿波踊り。普段は人気の無いこの神社にも夜店が立ち並ぶ。折角通りかかったのだから寄ってみることにした。
両脇を屋台に挟まれ、より狭さが強調された入り口を入ると、20程の屋台が雑然と設営されていた。雑然としていても一応の区画がある。良い感じの統一感の無さであらゆる種類の店が営業中だった。

”亀すくい”なるものを初めて見た。モナカのレンゲでミドリガメをすくうらしい。最前列で格闘する子供達の後ろには珍しそうに眺める大人達。貼り紙によると、すくった亀を持ち帰らなければ3回までチャレンジできるらしい。

皆の目の前で見事に亀を捕獲した女の子に大人達の地味な歓声が上がる。女の子は慣れた様子で、破れたモナカをおじさんの脇のバケツに投げ入れ、新しいモナカをつけてもらっていた。(亀はいらないということだ)

神社の奥へ進むと、ベニヤの机に群がる人々。彼等は机に顔を近づけて真剣だった。針で丁寧に図形を切り抜く、型抜き菓子!
机の上に無造作に置かれた説明書きには図形毎の得点が記載されていた。ほぉほぉ、と懐かしく格闘する男の子達を眺める。手土産にお好み焼きを買って帰宅。

都会には存在感のない神社がある。ただ祭りの日だけ人が集まる神社。この日だけ敷地中に響く威勢のいい客寄せの声。実を言うと我が家にまでその声は聞こえてくる。


本日の1曲
タッチ / Number Girl

阿波の季節

この部屋を契約する時、不動産氏はちょっと変わったアドバイスをくれた。『1年に3日間だけ、我慢してください。』

東京高円寺阿波おどり”は、毎年8月下旬に開催される。この街に越してきて3度目の夏、3度目の阿波踊りだ。今年は8月26(土)27日(日)の2日間、記念すべき50回目の開催だという。
期間中は駅のホームには見慣れないロープが張られ、たどたどしく駅員が誘導をする。酔っ払いが駅員に絡み、混雑する階段で足を踏み外しそうになる。人込みをかきわけてノロノロと自宅に向かう。

祭りの最中、駅も神社も近い我が家の周辺は大変な混雑だ。不動産氏が言っていたのは、これか。
当日はマンションの目の前の通りを練り歩くお神輿を部屋から見下ろす。居酒屋も特別営業で道端にお店を出す。そこら中夜店だらけになり、人々の熱っぽい喧騒は真夜中まで続く。

近所の通りには夜店が並び、モクモクと煙が立ち込めている。焼きイカの醤油の香りや、たこ焼きの鮮やかな紅生姜は一層縁日ムードを盛り上げる。

普段仕事帰りに足早に通り過ぎるだけの路地に、若者がたむろし、ドスの聞いた客寄せの声が響き、うちわを持った人々は夜店の列に並んでいる。そんな祭りの光景は、何とも言えない高揚感をもたらす。

そして次の瞬間には列に並び、焼き鳥や焼きイカを両手に帰宅する。窓を開けると、ひとり暮らしの部屋が酒場の喧噪に包まれる。普段の生活に祭りのエッセンス、結構オツである。
阿波踊り本番が近付くと、この街のあちこちで踊りの練習をする光景が見られる。商店街の路地に集まった老若男女。賑やかな祭囃子が道端に置かれたラジカセから聴こえてくる。

8月に入ると高円寺駅の電車の到着音は阿波踊りの音楽に変わる。先週末、休日に駅近くを歩いているとその音が聴こえた。(おぉ、今年も変わったのネ)と阿波の季節の到来を知る。普段ヘッドフォンをしているので気が付かなかっただけなのかもしれない。駅の構内にはポスターが貼られ、商店街には垂れ幕が下がる。
そして(祭りのある街はいいものだナ)と思う。


本日の1曲
Fight Fight / Number Girl