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ハイスクール・デイズ

島田市には川幅1キロはある大井川が流れている。高校の敷地を出ると目の前に河川敷が広がる。通っていた静岡県立島田高等学校は大井川の土手近くにあり、通称ドテ校と言われていた。
毎朝国道1号線を自転車で通学していた。川風のせいで朝の通学時は向かい風が強く、反対に帰り道は追い風に背中を押されて帰ってくる。国道沿いの人気のない中古車センターとパルプ工場の縞模様の煙突を思い出す。

これまでの自分の人生を顧みても、誇れるようなエピソードの無かった3年間だ。それまで家族や友人や教師達に向かって取り繕っていた体裁は崩れていった。

学習塾に毎日のように通って入学した高校であったが、程なくして勉強に対するやる気を失った。当然成績は思わしくなかった。日本史教師氏が学年集会で放課後の追試について言及したが、追試の教室に現れたのは自分ひとりだった。日本史教師氏は自分に気を遣っていたのだ。数学に関しても一切興味が沸かなかった。定期テストで数回に渡って採点不可能の点数を採り、数学教師氏に申し訳なさそうに謝られた。言うまでもないが、彼に責任はない。
風邪で一週間休んでいる間にサイン・コサイン・タンジェントの単元は終了していたけれど、例え授業に出席していたとしても到底理解できない数式だったと思う。

当初入部した運動部も1年も経たずに退部し、活動しているかどうかわからないような部に籍をおいた。数週間に1度のその集まりにさえ参加しなかった。高校には文化祭や体育祭があるが、それらの行事にも参加しなかった。体育祭でガチャピンの着ぐるみを被ったクラスメイトを横目に頬杖をついた。もっとも、ほとんどの物事の進行は自分の知らないところで進行しているようだった。

文化祭の閉幕式で片付けの段取りの説明を聞くよりも、自分の抱えていた苦痛の方が重要な問題だった。式が行われる体育館には行かず、教室に作られた巨大で陽気な迷路の中で友人とボソボソ会話をしながら窓の外の景色を眺めていた。
そんな憂いの最中にクラスの担任氏が教室に現れた。彼は陰に隠れた我々の存在に気付き、怒り狂って教室の壁や扉を蹴飛ばし始めた。怒り出すと収集のつかなくなるその教師氏は顔を紅潮させて唾を飛ばしているに違いない。隣にいた彼は煙草まで吸っていた。ばれてしまったら停学になるだろう。
数分後、他校の友人が身代わりになって出て行った。平謝りをする教師氏の声に安堵し顔を見合わせる。その後、転がり落ちる勢いで階段を降り保健室のベッドに逃げ込んだ。きっとものすごく怪しい二人組であった。

ちょうどその頃、想像していたよりも自分がもろい人間であることに気づいて愕然としていた。逆境にぶち当たると自分が粉々になる感覚を味わった。それまで突発的イベントと捉えていたその弱さはどうやら自分の「性質」であるようだった。その厄介なエゴと対面してしまったのも高校時代だった。

授業をサボり、その時間を大井川の河原で過ごした。川岸のブロックに腰掛けて石を投げた。ざわざわと流れる川と山肌の茶畑、視界の両側には隣町とを繋ぐ橋が2本。進学、恋愛、家族、そして自分自身。今ここにいる場所が全てだった。今思えばライ麦畑的な高校生の憂鬱である。

そしてちょうど10年前の今日に高校の卒業式があった。当日は大学受験で東京にいた為に式には参加していない。それにはっきり言って卒業式なんてどうでもよかった。どうしようもなく保守的な人間の東京生活がこれから始まろうとしていた。


本日の1曲
Whatever / Oasis

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