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カレッジ・デイズ

美術大学といえども一般教養は必修である。生物学や法学、民俗学。美大生は絵だけ描いていると思われがちだが実際はそうではない。結構大学生っぽい一面もある。
その頃、自分の興味の範疇に無いものを仕方なく履修していたに過ぎない。初年度から減退したやる気のまま、授業にもロクに姿を見せず年度末のレポートだけを適当にこなすという有り様だった。当然出席は足らず、当然単位を落とす。

美大の場合、一般教養と実技科目に単位は二分されている。前者は講堂での講義、後者は科ごとに与えられた教室での作業だ。それぞれが規定の単位を満たしていないと進級できない。講義では出席数とレポートやテストの優劣が判断の基準になるが、モノづくりの分野においては余程適当な作品を提出しない限り、単位が貰えないという事態には陥らない。

ところで、“余程適当” な作品を提出したことがある。
それは入学して間もない「彫塑」の授業でのこと。与えられたお題は確か「階段」であったと思う。まずそのイメージをデザインし、立体物を作製、型を取って石膏を流し込み、磨き上げる。
課題に真剣に取り組むクラスメイトを横目にいつものように友人氏と教室を抜け出し、つなぎ姿で構内をウロウロ、たばこプカプカ、食堂でモグモグ。課題に取り組もうという姿勢が皆無な我々であった。

そのうち作品の提出期限が迫り、クラスメイト達は作品の仕上げに取りかかり始めた。今急いだところで作品の完成は不可能である。そしてまたしても校内を放浪していた我々が見つけたものは、他の科の校舎のロッカーの上に無造作に置かれた石膏の作品だった。長い間そこに放置されていた様子でゴミのように放ってあったが、サイズも材質もぴったりである。そして抽象的な解釈をすれば課題からかけ離れているというわけでもない。(抽象的な解釈が許されるのは美大の利点である)
その物体を見上げ(これでよくネー?)という空気が我々を包む。

そして工房に他人の作品を持ち帰り、水道で汚れを洗い流し、さも自分の作品であるかのように提出した。それは皆の作品に比べて不自然に色がくすんでいた。そして驚くべきことに1年生の成績でその作品だけが「良」の判定だった。自分で製作したその他の作品は「可」であったのに。

心を入れ替えるでもなく、そのままだらだらと学生生活を過ごしてしまったせいで卒業間際で皺寄せがきた。
本来ならば卒業を目前に控えた1月、学生生活課に張り出された「卒業予定者のリスト」に自分の名前はなかった。そのまま大学5年目の生活に突入し、週に一度だけの授業に仕方なく通った。

あの無気力な状態はもうやってこないだろうか?時間に追われているわけではないけれど、今は決まった時間に仕事に出掛け、給料を貰って生活している。相変わらず時間の使い方はうまくはないが、曜日感覚を喪失するような生活でもない。しかし、今大学生に戻ったとしたらやはり同じような時間を過ごすような気がする。

今思い出してもあの時間の過ぎようは貴重だった。
カフェテリアにポケっと座って食べた紙皿のパンケーキを思い出す。昼間にパンケーキを食べることも今ではなくなってしまった。


本日の1曲
Stop Whispering / Radiohead



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3/2 『ハイスクール・デイズ
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