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雑木林で花見

昨年は井の頭公園で花見を企て、自分と友人S氏が場所取り役をかって出た。
昼過ぎに高円寺駅で待ち合わせ、ホームセンターのオリンピックで花見マットを購入。銀色の大きなマットを抱えて総武線に乗り込む。なんだか電車が混んでいる。吉祥寺駅で下車すると皆がざわざわと公園口に向かって歩いていく気がする。

公園に続く狭い道は大混雑だった。クーラーボックスを抱えたお父さんや子供達。昼間のため家族連れが多いようだ。焼き鳥屋のいせやはもくもくと白煙を上げてトリを焼きまくっている。
やっと公園に足を踏み入れたが、早くも尋常でないガヤガヤ感であった。荷物を抱えながら公園内を歩くが平らな地面は隙間なくシートに覆われている。盛り上がった木の根にも、土の斜面にも。すごく斜めになって花見をしているカップルがいた。そのヤケクソ的なシチュエーションに驚愕する。

そして敷かれているシートのうちの半分以上はまだ人が「乗っかって」いない。ブルーシートの数々は落ち葉やらゴミやら土やらでずっと前からそこにあるような形相を呈していた。昨夜の残骸なのか、それとも今夜の場所取りなのか・・・しかし勝手にマットを退かすわけにもいかない。やるせない気分で公園を歩き、我々は途方に暮れた。

池を3/4周したあたりでそこだけ人がいない空間を見つけた。桜並木のメインストリートからは10メートルほど距離があり、しかも頭上にある木は桜ではなかった。しかし今となってはこれ以上の場所は望めそうにない。
「桜は歩いて見に行ってください」という花見にあるまじき提言を迫られる場所だったが、こうして我々の場所取りは終焉を迎えた。

友人S氏は機敏に立ち回り、銀色のマットとブルーシートを敷いた。中央に彼女が家から持ってきたオリエンタルな敷物を敷くと、なんだかサマになってきた。当初の(仕方ないか)という諦めが愛着に変わってきた。

まだ友人達が集まるには時間があるが、早々と買い出しに出掛けることにした。花見客でごった返す通りをのろのろと歩き、駅を抜ける。サンロード商店街の西友には花見客用の総菜の数々がどっさりと積み重なっていた。アルコール類や寿司、おつまみをどっさり購入し公園へ戻る。
スターバックスのカフェインを摂取しながらシートに座っていると、もはや我が家のような感覚に陥る。場所、あるもんネーという自慢げな心持ちになってくる。人通りも少なく、喧騒もどこか他人事のようだ。頭上の名も知らぬ木が適度な日陰をつくり、積み重なった落ち葉のせいでシートの上は心地よかった。持ってきた文庫本を寝転がって読み、おつまみをつまむ。

そのうち続々と友人達から連絡が入り出す。目印的なものがないため、ティッシュの箱にボールペンで地図の絵を書いて写メールをする。

夕暮れが近付くにつれその一帯は暗くなり始めた。ちょうちんや外灯のあるメインストリートと違ってこちらは雑木林である。昼間は好意的に日光を遮ってくれていた樹木であったが、今となっては暗闇に加担してしまっている。日が暮れてからのことをちっとも考えていなかった。

その時、おもむろに友人H氏が現れた。彼は「要るかなー、とオモッテ」と控えめに登山用リュックからポータブル・ガス灯を取り出した。歓声を上げざるを得なかった。シート中央にランプを設置すると、辺りが明るくなった。
その日は最終的に十数人が集まった。お互いが働くようになってからこうして一同に会するのも難しくなっていた。初めて会う人、久々に会う人、いつも会っている面々。暗闇の中にぼんやりと個々の顔が浮かぶ。まるでどこかの山荘にいるようであった。

一通り宴を楽しんだ後、警備員達が巡回し追い出しを始めた。付近住民も多い井の頭公園は撤収の時刻も早い。片付けをした後、駅近くの居酒屋に入店。朝まで残ったのは5人だった。

そして今になっても、我が家の玄関にはその時購入した銀色のマットが立てかけてある。普段インドアの自分にはそれ以来使い道もなく、巨大なマットは他に置き場所がない。
どうやら今年は桜の開花が早いらしい。ニュースキャスター達は口々に「今年は早咲きです」と情報を提供するし、他人の世間話を聞いていてもやはりその話題が語られる。この時期の日本人共通の話題はやはり桜なのだ。


本日の1曲
桜のダンス / NUMBERGIRL

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