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リリー・フランキー 『東京タワー』

リリー・フランキーの『東京タワー』を読んだ。日本でこれほどのベストセラーは久しぶりなのではないかと思う。普段ベストセラー的作品には興味が向かないが、今でも書店のランキングで上位に掲げられているのを眺めてちょっと読みたい気分になっていた。
そんな折、お姉さんN氏が「外出できないほど号泣」したというのを聞き、ただならぬ雰囲気を感じて読み始めた。(この先本の内容に触れています)

大好きな「オカン」とどこで何をしているのかもわからない「オトン」。リリー少年はあちこちと居を変えながら少年期を過ごした。
そして自分も決して普通の家庭環境に育ったわけではない。幼い頃に両親は離婚し、お互いの家を期限付きで行き来していた。広大な病院の駐車場で父と母によって数か月置きに子供の「受け渡し」がされた。両親の問答を聞こえないフリをしてやり過ごした。どちらが自分の家なのかわからない状態だった。しかし大人に聞いてはいけないことのような気がして、無邪気を装った。自分もまた、抱えきれない悩みで悶々とした子供だった。

リリー氏は大学の先輩である。自分もまた立川や国分寺で学生時代を過ごした。合格発表で掲示板が設置された駐輪場も、玉川上水の桜の美しさも知っている。
2001年3月末に東京に降った雪のこともよく覚えている。引越当日に降った春の雪を彼は「オカン」のいる病室から眺めていた。自分にとっては単なるエピソードとして記憶に残っているその景色も、ある人にとっては一生忘れられない春の雪であった。

「オカン」が癌に侵されてからの文章は、高校1年生の時に他界した祖父のことを思い出させた。それは今までに自分が経験した一番身近な人物の死である。

祖父はスポーツ観戦が好きな人で、部屋からはいつもひいきのチームを応援する威勢のいい声が聞こえた。それはワールドカップ予選のドーハの悲劇のテレビ中継を身終えた深夜。自宅の廊下で会った祖父は興奮した面持ちで「惜しいっけなぁ」と顔を歪めて悔しがった。それが祖父と交わした最後の「普段通り」の会話だった。祖父は翌日に倒れ、病院に搬送された。

薬の副作用で一気に痴呆が進み、理解できない言葉を口走るようになった。看病していた祖母は相づちを打っていたが、突然別人になってしまったようでどうしてよいのかわからなかった。

祖父は自慢のおじいちゃんだった。年季の入ったギャグを言っては自分で楽しそうに笑い、ハイライトの両切りの煙草をおいしそうに吸った。刺身が大好物で祖母が食べたいものを聞くと決まって「さかな」と答えた。家族喧嘩が始まるとそっと自分を誘い、公園に連れていってくれた。
ひとりっこだった自分を可愛がり、小さい頃からの写真はコメントと共に全てアルバムにきれいに貼付けてくれた。祖父の書く字はニョロニョロしていて子供には何が書いてあるのかよくわからなかった。藤子不二雄のキャラクターが沢山描かれた凧を作ってくれた。それは6畳にも及ぶ超大作で長年に渡って実家の玄関に飾られていたが、よく見ると中には誰なのかよくわからないキャラクターも混じっていた。

祖父が亡くなった直後の病室にいても涙が出なかった。その時父親の涙は床にぽとっと音を立て、昼夜つきっきりで看病していた祖母はテキパキと立ち回っていた。
人間が死ぬということが理解できなかった。ほんの少し前までサッカーの話をしていた祖父はもう生きていない。
自宅に戻ったその日の夜、部屋のソファーに寝転がった。
ほんの少し前までサッカーの話をしていたのに、祖父はなぜもう話さないのだろう。白い壁を見つめていたらどっと涙が溢れた。

今でも祖父の死をなんとなく認識しているに過ぎない。非日常的な衝撃と対峙した時「嘘みたい」という感覚が襲うのはなぜだろうか。事態をまったく飲み込めないまま、ただその現実だけが浮遊しているようにそこにある。

大事な人を亡くすという経験は必ずやってくる。
「オカン」が死んだ後、リリー氏は渋谷の歩道橋の上から群衆を見下ろし、(この人たちはみんなそういう経験をして、それでも生活しているんだな)と驚愕する。
人々は常に悲しみに暮れているわけではない。しかしながら世の中はこんなにも悲しい別れに溢れている。それに気付いた時、それまで無表情に見えていた街の景色は、どす黒いマーブルにうねりはじめる。

誰でも家族に後ろめたい思いはある。だからこの本を読む人全てにそれぞれの心当たりがある。彼が望んで経験したわけではないその物語は、おそらく彼が思っていた以上に深い共感を呼んだ。ある個人が自分を語ることは決して無意味ではない。


本日の1曲
Ob-La-Di Ob-La-Da / The Beatles

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