“トモダチ” 論

一人きりになると、容赦なく襲う不安と恐怖。自分が自分でなくなる感覚。大学生の頃直面した深刻な悩みは、容赦ない苦痛を浴びせかけてきた。しかし何故か人と対面している時だけは平静を装うことが出来た。

そんな理由で毎日大学に行っていた。授業に出席するわけでもなく、学生食堂が閉まる21時過ぎまで、ただぼんやりとテーブルに座って時間を潰していた。誰も見ていない時の自分の有様が恐ろしくて部屋に帰ることが出来なかった。

同じ学科に在籍していた快活な彼女は、ファッショナブルで、週末はクラブで遊んでいるような女の子だった。普段知らない学生達とはしゃいでいる彼女は大学内に沢山の友達がいるようだった。彼女のわざとらしい大口の笑顔をよく見かけた。

その頃、混沌とした毎日で気付いてしまうものと言えば残酷過ぎる現実ばかりだった。暗澹たる気分で眺める彼女の言動は、どうしようもなく軽薄な印象を与えた。彼女が友人達についてを語る時、『友達』という言葉は『トモダチ』という片仮名を思い起こさせて不愉快になった。

ある日、不意に彼女と会話する機会が訪れた。『何してんの?』と聞く彼女に何と言っていいのかわからず、一人の部屋に戻りたくなくてここに居る、と告げた。理由を問いただす彼女に向かって気の抜けた言葉で説明を続けた。
彼女は大袈裟に同情の表情を作った。『かわいそう!今日は絶対連れて帰るからぁ!』

彼女の自宅は大学から随分と遠い。記憶は確かではないけれど、彼女の豪邸や、外車や、磨き上げられた板張りの床が記憶にあることを思えば、やはりその夜は彼女の家に行ったのだろう。そしてその歓迎ぶりに安堵したはずだ。彼女の家を訪れたのは一度きりで、大学を卒業した後は当然のように連絡は途絶えた。

本当の友達が欲しくて必死に語らい、様々な感情を共有しようと試みてきた。友達とはなんだろうかと考える時、いつも彼女の顔が頭をかすめる。そしてなんとなく彼女の言う”トモダチ” の軽薄な発音を思い出してしまう。


本日の1曲
守護天使 / Original Love


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