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どこでもデスク術

待ち合わせに少し遅れて駅に到着すると、友人氏の姿が見えた。彼女は改札近くの柱のふもとにぺたんと座り込み、書き物をしているようだった。その周りを本や書類がぐるりと囲んでいる。本はあるページで開かれ、資料には所々ラインマーカーがひかれていた。

こちらに気づくと親しみのある笑顔を向け、散乱した資料を一斉にかき集め出した。そして手当たり次第にカバンに突っ込んでいる。
今更驚くことではない。彼女が所構わず勉強を始めるのはお馴染みの光景だ。彼女はどこでも勉強できる。それが駅構内であっても。

その頃の彼女はといえば、こちらがちょっと席を外した隙にもう文献を開き、席に戻るとパッと本を閉じる。そして先程の話の続きを始める。それも適当に話をするのではなく、オリジナリティに溢れた興味深い私見を述べ始める。その動作はもはや彼女の一部で、今更言及するまでもないみたいに自然に行われた。

彼女の集中力にはいつも感心させられた。彼女は当時勤勉な大学院生であったから、その集中力は学問に対して如何なく発揮されたはずだ。彼女は所構わず勉強をし、高い集中力を持続することが出来た。その特性は尊敬に値する。なぜなら自分が集中力に欠けたヒトだからだ。

環境に左右されてるあまり、自室以外では集中力が持続しない。読書はシンとした自室でないとできないし、喫茶店で勉強など以ての外で同じ箇所を何度読んでも頭に入らない。読書を再開する時は、数頁前から読み直すことになり、短時間の読書を繰り返してもちっとも頁は進まない。通勤時の読書を思い立ち、奮発して買った皮の文庫本カバーも結局出番がないままに放置されている。

だから街の喫茶店ではそれなりの過ごし方をする。iPodでお気に入りの音楽を聴けば、雑音も気にならずに瞑想できる。それに音楽で高揚した気分のお陰でスラスラと文章が書ける。ちなみにこの文章も喫茶店で書いている。インプットとアウトプットの問題なのかもしれない。人前でのインプットは困難だ。

街中で参考文献を広げる学生たちを見かけて、駅で勉強していた彼女を思い出すことがある。もっとも、駅の床で彼女ほど荷物を広げている人には会ったことがないけれど。


本日の1曲
すてきなメロディー / SUGAR BABE

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