良い大人

ついこの間『夢は何ですか?』と問われ、思わず言葉に詰まってしまった。それはこれまで幾度となく繰り返され、苦もなく答えていたはずのありふれた質問だった。

若者にとって「夢」という課題はしばし好まれる。まだ十代だった頃、友人達が集まるといつしかその話になった。そこで具体的に夢を述べることが出来ない人間は異質だった。
ある彼女はいつも『良い大人になりたい。』と言った。皆が具体的な職業を列挙する中で、彼女のその「夢」は異質だった。そこに居た皆は横槍を入れた。

何しろ皆の夢は具体的だった。画家になりたい。グラフィックデザイナーになりたい。代理店でCMを作りたい。彼女のそうした返答が望まれていないのは明らかだった。それでも彼女は少し考えてからいつも同じ台詞を言った。

発言の真意を見出そうとして、彼女の表情をいつも窺っていた。大勢に囲まれると仕方なく職業らしきものをあげたりしたが、時折首を傾げる仕草を見せてなんだか納得していないように見えた。
解りやすい夢を列挙する若者たちにとって、彼女の発言は掴みどころがなかった。「夢」という言葉を超越した彼女の強い意志を感じもしたが、友人の自分ですら「良い大人」を上手くイメージすることは出来なかった。それにその頃はまだ大人という存在は漠然としていて他人事のように思えた。
これから我々を出迎えるであろう心躍るイベントからいくらでも夢はすくい取れる気がしていた。(楽しい大学生活や、素敵な恋愛を信じて疑わなかった)

年々「夢」という言葉が自分の中で具体性を欠いている。夢があるのは良いこと、やりたいことがあるのは良いこと、いつもそう言われてきた。
自分が本当に望んでいるものや大切にしたいものの輪郭は日に日にはっきりしてくるのを感じる。なりたい自分を思い描くことも出来る。しかしうまく言葉に出来ない。

帰り道、夢を答えられなくなった自分が信じられないでいた。そしてかつての彼女の発言を思い出した。『良い大人になりたい。』もしかするとあの頃の彼女も同じような心境だったのかもしれない。
表現することで人間とコミュニケーションを取りたい。その手段は何であれ。


本日の1曲
タイトロープ / ASIAN KUNG-FU GENERATION

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