絶対かかりたくない病院

その病院を発見した時は、ある種の感動を覚えた。歓楽街のすぐ裏手、古い建物はそれ自体が黄ばんでいるように色褪せていて、看板を照らす蛍光灯は時々チラチラと点滅している。無数のヒビの入った外壁に掲げられた看板。病院名の字体もおどろおどろしい。

長年たまった汚れのせいで四隅が不透明なドアの向こうに受付が見える。丈の短い黄ばんだカーテンが垂れ下がり、診察券入れは凝固してしまったようにそこにある。入り口のドアは何年も開閉されていないように見える。開くのかも怪しい。座面の破れた黒い合皮のベンチ。蛍光灯の光をぼんやりと反射するリノリウムの床。全てが不吉だ。

病院の規模を考えると入院施設もありそうだ。きっと院長は佐野史郎みたいな人物で、オペの最中にほくそ笑む薄気味悪い看護婦は渡辺えり子が適役だろう。個性的な演者と最高に不気味なロケーション。まるでつげ義春の世界だ。
救急車で搬送されたら、瀕死の状態でも必死に拒否するだろう。不必要な薬を大量投与され、ドクター・キリコにとどめを刺されそうだ。逃げたくても入り口のドアは外側からしか開かない気もする。
うむ、妄想が止まらない。

小学生の時、くるぶしに鈍痛を感じて整形外科に通院したことがある。今思えば、単なる成長痛に過ぎなかったのだが、自分には心当たりのない鈍痛と、初めて行く整形外科にただならぬ緊張感を感じていた。薬品のにがい臭いと、肌にはりつく淀んだ空気。隣に座っている祖母も黙っている。不気味な沈黙が一層緊張感を高め、一刻も早くそこから去りたかった。

薄暗い待合室から見える、いくつかの部屋。ドアの上方には不可思議なピクトグラムが描かれていた。そのうちのひとつにはメスやハサミが単調に描かれている。この部屋で今から足を切られるのだろうか。その部屋のドアが開いて、自分の名前が呼ばれたら・・・。

一人暮らしならではの悩みのひとつに病院選びがある。居を転々としているせいで東京にはかかりつけの医者もいない。
庭の鉢植えが荒れていたり、窓が汚かったりすると、どうしても拒否したくなる。世の中には絶対かかりたくない病院があるものだ。


本日の1曲
Get What You Get / Hot Rod Circuit


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