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『走ることについて語るときに僕の語ること』






村上 春樹/著
¥ 1,500(文藝春秋)



ある友人氏は電話で『アレ読んだ?』と問い、『村上春樹があんなに自分を語るのは初めてだと思う』と続けた。
電話を切るとすぐに書店へ出掛け、ベッドの上でページをめくる。友人氏の言っていたことは嘘ではなかった。もちろん疑っていたわけではないけれど。

村上春樹が「わりに真剣なランナー」であることは、彼のエッセイを読んだことのある人には周知の事実だろう。
それに村上春樹は文学に興味のなかった自分をずるずると活字の世界に引きずり込んだ信頼できる作家でもある。(これも一部の人の間では周知の事実である)

何故走るのか、走ることが創作活動に何をもたらすのか。彼はこれまでにも走る理由について折りに触れて話してきた。

タイトルで「走ることについて語る」ことを宣言している以上、「走ること」に価値を見出さない人々に興味を持たれない可能性だってある。(もちろんその逆の可能性もある)正直に言うと、全著作を読み切っている自分でさえ ”小説じゃないなら” と後回しにしていたからだ。

しかし、である。村上春樹という作家が「走ることについて語る」ということは、とかく誠実に自分の内面を語ることであった。彼の今の年齢が自分を語ることに導いた気もする。

9つの章で構成された本著は、それぞれ執筆した時期と場所が異なる。ランニングコースの風景やそこを走る人々の描写は小説のように美しい。
ケンブリッジの川沿いをハーヴァード大学の新入生の女の子達が颯爽と駆け抜けていく。

世の中には僕の手に余るものごとが山ほどあり、どうやっても勝てない相手が山ほどいる。しかしたぶん彼女たちはまだ、そういう痛みをあまり知らないのだろう。そして当然のことながら、そんなことを今からあえて知る必要もないのだ。

ー第5章『もしそのころの僕が、長いポニーテールを持っていたとしても』より抜粋

群像新人賞を受賞した当時の生活の様子や、これからの作品の方向性がどのように定まっていったのかを語っているのはもっとも歓迎すべきくだりだった。それはこれまでエッセイや(滅多に受けない)インタビューで断片的にしか読むことのなかったエピソードだからだ。

20代最後の秋に小説を書くことを思い立ち、30才で小説家としてデビューした。経営していたジャズバーの店を畳み、“職業的小説家” として33歳で走り始めた。時期的に今の自分と重なるところもあり、愛読する作家のメモワール(個人史)をリアルタイムに母国語で読める幸せを感じさせもした。

『走ることについて語るときに僕の語ること』は、村上春樹が腰を据えて自分自身を語ることだった。そして村上春樹について語るならば、走ることを語らずにはいられなくなる。


本日の1曲
Delta Sun Bottleneck Stomp / Mercury Rev



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ファンにはたまならい本著『走ることについて語るときに僕の語ること』。
だけどまだ村上春樹の作品を読んだことがないという方へ。
もし興味がおありなら以下の作品をおすすめしたいと思います。

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『風の歌を聴け』-1979年

29歳で書き上げたデビュー作。
若者の喪失感や怠惰を背景に描かれるある夏の日々。
文章の鮮烈さは数ページごとに本を閉じてしまうほど。
英語で執筆した原稿を日本語に訳しながら書いたとい
う逸話も。

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『中国行きのスロウボート』-1980年

以前のエントリーでも紹介したことのある
「ニューヨーク炭鉱の悲劇」収録の短編集。
好きな村上作品を尋ねられ、咄嗟に「初期の短編」と
応えてしまうのは、この作品のせいではないかと思う。

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『カンガルー日和』-1983年

ムラカミ・エッセンスが凝縮された18のショート・ス
トーリー。「バート・バカラックはお好き?」は人生
の指標ともいえるフレーズを発見した個人的に重要な
作品。
「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」、
「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出
会うことについて」など、タイトルも秀逸。
ちなみに「32歳のデイトリッパー」はこのブログの副題の元ネタ。

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『ノルウェイの森』-1987年

大切なものを失った人間は、何か
を得ることができるのだろうか?
大学生の「僕」を美しくも悲しい
東京の景色が包む。
読了後には東京の景色が違って見
えるはず。

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>>connection archive >> 
2006/11/13 『村上春樹 「ニューヨーク炭鉱の悲劇」
2006/06/28 『J.D.サリンジャー 「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
2006/02/20 『村上春樹と君と僕

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