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ブンガクする

東京で一人暮らしを始めてから気付いたことは沢山ある。そのひとつが自分がインドア人間であるということだった。休日一歩も外に出ない(マンションの郵便受けすら見ない)ことも多い「深夜活動型インドア人間」を自称している。家族と暮らしていた頃はお出かけ好きの両親に連れられて半ば強引に街に出たし、第一高校生の放課後は忙しい。

大学生は年間の3分の1が休日である。「そんなに時間があるのも大学生の時だけヨー」と母親が言うのを耳にしても実感が湧かなかった。現在も常に時間に追われるような生活はしていないのではっきりと実感しているわけではないけれど、それでもあの時間の有り様は異様だったと思う。

そう、一人暮らしをしてみて初めて自分は時間を有効に使える人間ではないということに気付いた。休日の自堕落な様には我ながら飽きれる。中原中也の言葉を拝借すれば「怠惰を逃れるすべがない」という状態だ。

もっとも、その時間が全て無駄遣いであるわけではない。大学時代に本を読むことを覚えた。そしていわゆる純文学作品を読みまくった。多少カテゴリに偏りはあるが昼夜問わず読みまくった時期があった。
なにしろ、今まで読書とは無縁だった。ブンガクが恐ろしく面白いということに気が付いてからは青梅街道沿いの書店に入り浸り文庫本を買い漁った。読みたい本はいくらでもあった。

その時期に自分が選出したベスト3を覚えている。夏目漱石の『こころ』、中原中也の『中原中也詩集(大岡昇平編)』、遠藤周作『わたしが・捨てた・女』だった。当時は混沌の波にのまれた精神状態だったため、今よりもブンガクをすんなり理解できていたのではないかと思う。

高校時代の話だ。読書好きの友人のところに図書委員氏がやってきてなにやら取材をしていた。彼女は大江健三郎を愛読しているようだった。
オオエケンザブロー?
休み時間に彼は『個人的な体験』を読んでいた。オオエケンザブロー。
その本の冒頭を読み、鳥が主人公なの!と面食らい1ページでその読書体験は未遂に終わった。大学時代にこっそり読み「バード」は鳥でなく主人公の愛称であることを知った。当時その驚きを口にすれば彼が教えてくれたはずで、おそらく羞恥でその言葉を飲み込んだと思われる。(ちなみに大学時代に読んだ氏の作品の中で最も印象深かったのは『われらの時代』であった)

文学は世界共通である。以前、アメリカ人氏にミシマの『金閣寺』を読んだか?と問われ、『金閣寺』は読んでいないけれど『音楽』は読んだと伝えた。彼は『金閣寺』は読んだが『音楽』は読んでいなかった。ディスコミニケーション状態である。
ことにロシア文学は多くの読書人を虜にしているようだ。実家の応接間には世界文学全集が並んでいたが手に取ったことはなかった。『カラマーゾフの兄弟』や『アンナ・カレーニナ』などは最早誰もが知っている作品である。(難かしそうだナ)と思わせるその作品でも、言ってしまえば「読んでいる人」と「読んでいない人」に分けることもできる。触れたことがあるかないか。完全に物語を昇華していなくても、その作品に触れたことのある人とそうでない人の間にはそれなりの違いがある。

以前友人と話している時「ちょっと本を出すの待って!待って!」と彼にしては珍しくジェスチャーまで交えて力説し出した。彼は読書好きのあまり、出版されている文学作品は全部読みたいらしい。それまでとは打って変わったハイテンションをポカンと眺めたものだ。
最近、久々に本を読もうと思っている。


本日の1曲
ひまわり / 大貫妙子



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