異空間へようこそ『珈琲亭 七つ森』


高円寺駅南口から伸びるPAL商店街の先に、ルック商店街は繋がっている。古着屋や雑貨店が軒を連ね、週末になると人通りが多い。通過する自転車もヨロヨロしている。
『珈琲亭 七つ森』は個性的商店がひしめく商店街にあって一際異彩を放つ。

店内は8割くらいの席が埋まっていた。奥のテーブルにつき木のベンチに腰掛ける。今日はキーマカレーをオーダーした。メニューは全て末端が「五円」でおつりの五円玉には小さなリボンがついてくる。
店内は入れ替わりお客さんが訪れ、その度にカラカラと扉のベルが鳴る。

棚には磁器やグラスが並び、天井からは吊された小ぶりのランプがオレンジ色の光を放つ。壁にはいつ止まってもおかしくないような古時計がかかっている。目の前に置かれた大きなふくろうのマッチ箱で煙草を吸う。

板張りの床も、天井の梁も、テーブルもにも、木製の美しいツヤがある。白い漆喰の壁に、深い茶の色合いが安心感と懐かしさをもたらす。
オーナーは開店当初、資金を節約する意味もあって味わいの出やすい木のインテリアを選んだらしい。開店は1978年、ほぼ同い年である。成る程、30年近くが経過した今では試みの成功に疑いがない。

窓が無いこの空間にいると、外の天候や時間をすっかり忘れてしまう。店を通りかかる度に、幼い頃に見た宮沢賢治の影絵を思い出していた。看板の猫や、マッチ箱のふくろう。店名の由来が宮沢賢治ゆかりの地名にちなんでつけられたことは最近知ったばかりだ。ノスタルジックで、優しい印象だが、それらのモチーフはどこか時間の感覚を麻痺させる不安な力が潜んでいる。

通りから見ると、店の側面はスパッと切れたような不思議な外観をしている。以前は長屋で、両隣で営業していた店舗は立ち退き、この店だけが残ったため唐突な外観をしているらしい。建物左は小さな交差点、右は狭い空き地になっている。

七つ森は”タイミングを逃して現代に残ってしまった”ような、そんな趣もある。そこだけ時が止まっているような異空間さはこんな立地条件にも理由があるかもしれない。店内の時計が”本当に”止まっているのに気付いたのは、店を出る直前だった。


本日の1曲
Atoms For Peace / Thom Yorke


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