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ある訪問者の幸福なレスポンス

美術大学に通っていた頃は、大学名を聞かれるのに少々うんざりしていた。確かに美大に進学する割合は少ないだろうし、特殊な大学と言えなくもない。
しかし咄嗟に発される『ゲージュツは難しくて、何がいいのかわからない』という言葉は美術大学生をがっかりさせた。それが単なる無関心の賜物にしか思えなかったからだ。

ストーリーを組み立てて、芸術作品に自分なりの価値を見出だせる人は驚くほど少ないのかもしれない。
もっとも世界的な画家の作品ともなれば、カンバスの油絵の具の”塊”や、表面の”ひび割れ”を見て、故人の遺した作品の運命を目の当たりにすることが出来る。

芸術においては、世界的に有名な作品を集めた展示よりも、大学内の展示のほうが面白い、という現象が起こりうる。それがどこに在って、誰が製作したものであっても自分の悩みや、現在の関心ごとと合致すれば忘れられない作品になるだろう。鮮やかな色彩の絵画が貴方に途方もない悲しみを想起させるなら、それは悲しみの絵画なのだ、というように。

先入観に縛られ、他人に左右されてばかりいる人は作品と対話しようともしない。それではいつまでたっても芸術は難しい芸術のままだ。

学生の頃、一度だけ写真展に参加した。傍らに置いたノートには様々な感想が書き込まれた。
教室を訪れた見ず知らずの訪問者は、展示作品の中から気に入った作品を数点あげ、作者である自分の意図とは見事に掛け離れた解釈を書き連ねていた。
初めて人前に作品を展示した経験で、当初はそのコメントに戸惑い、不快感を感じさえした。
何故そんなことを思うのだろう?全然違うじゃないか。

しかし後になって、その時実際にペンをとった他人の存在を幸福に感じるようになった。もしかしてこれが表現の面白さなのではないかという感情がじわじわと胸に湧いてきた。

訪問者達が作ったストーリーは作者の意図と必ずしも一致しない。しかし、多くの芸術家は画一的な解釈など望んでいないだろう。
芸術は好みや解釈を強要するものではない。見ず知らずの訪問者のコメントは今でも深く印象に残っている。それは表現の難しさと、なによりもその喜びを実感したささやかなエピソードだった。


本日の1曲
Million Dollar Question / Radiohead

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