反抗期

中学生の時は、夜な夜な網戸を蹴飛ばし、新聞を床に叩き付け、思いつく限りの悪態を吐きまくっていた。
反抗期の標的になったのは祖母だった。両親が共働きで・・・というのとは少し訳が違う。その頃は両親と別の家に住んでいた。再婚した父親は新しく家を建て、”本家”に残ったのは、自分と祖父母だった。

幼い頃に両親は離婚し、長い間祖母が母親代わりだった。毎朝孫の弁当を作ってくれたけれど、その弁当は「彩り」に乏しく、詰め込まれた煮物やコロッケは茶色かった。若い母親達が作る弁当を羨ましく思い、皆の前で蓋を開けるのが恥ずかしかった。
授業参観にも祖母が来たが、学校の先生方に頭を下げる姿が嫌で仕方なかった。祖母の必死ななりで、片親のひいき目が余計に助長されるような気がした。

祖母は世の母親達と同じように口うるさく世話を焼いた。早く寝なさい、宿題はやったのか、忘れ物はないか、布団を掛けなさい。
そしてある時期から口答えすることを覚えた。自分の希望もロクに言えないような内気な子供だったのにも関わらず、それは突然始まった。

何を言われてもイライラする。(今夜こそ我慢しよう)と必死で保っていた安泰も、ほんの一言で崩れてしまった。
結局毎晩のように喧嘩が続いた。抑制がきかず、他に発散の方法も知らなかった。そのうち言葉を喋るのも嫌になって、近所中に響く奇声をあげるようになった。

しかし祖母は負けてはいなかった。ある日、孫に口汚く罵られた祖母は、ダスキンを持って廊下をドタドタと追いかけてきた。思いがけない反撃におののき、部屋に滑り込んだ。いつかテレビで見た”八つ墓村”みたいだった。
我が家の隣のアパートには耄碌寸前の老夫婦が暮らしていたが、さぞかしうるさかったろうと思う。

止めようと思っても止められない。孫が散らかした部屋を片付ける祖母を見ると一層情けなかった。いつしか祖母に当たり散らすこともなくなり、気がついたら反抗期は過ぎていた。


本日の1曲
Between Love & Hate / The Strokes

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