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新宿アンダーグラウンド

その日もいつものカフェでサンドウィッチを食べた。細長く少し固めのパンに、クリームソースで蟹をあえたものとスモークサーモンが挟まっている。毎日のように通うカフェのいつもと同じサンドウィッチだ。
仕事に戻って1時間ほど経ってから右手のリングが無くなっていることに気が付いた。お手拭きを使う時、無意識のうちにリングを外す癖がある。
きっと、サンドウィッチの皿の下になったリングに気付かずに店を出てしまった。

店に戻ったが、1時間前のゴミはもうここには無いと言われた。あまり広くはないその店舗には満足なゴミ置き場が無いようだ。
なんとか諦めをつけようと妙な冷静さでエレベーターに乗り25階へ上がる。
しかし仕事が手につかない。
今まであまりリングを身につけなかった自分が気に入って購入した8石のターコイズは、このビルのどこかのゴミ集積場にまだあるのかもしれない。

再度店に行きゴミをどこに運ぶのかを尋ねると、もうトラックが運んでいったと若い店員は頼りなく苦笑いするばかりだ。残念ながら彼にとっては他人事であった。その対応に見切りをつけビルの警備室に駆け込み、インターホンで警備員を呼び出した。
時刻は夕方過ぎ、地下のゴミ集積場に案内してもらった。

体積の広いエレベーターで地下2階へ降りる。正面の管理室には既に1階の警備室から連絡が入っていたようで事務所へ通された。机に座っていたスーツ姿のお兄さん氏に事情を説明すると彼は少し上方を見ながら立ち上がり「とりあえず見てみましょうか」と友好的に頷き、ゴミ集積所に向かって歩き出した。

その空間の広さもさることながら、次々と運ばれてくるゴミの量も相当なものだった。委託している清掃業者も何社かあるらしく、その会社ごとに与えられた倉庫がいくつも並んでいた。
巨大なオフィスビルのゴミ集積場はやはり巨大なのだ。カフェから出たゴミを判別するだけでも大変な作業なはずで、勢いで来てしまったことを後悔した。

案内してくれたお兄さん氏が見当をつけた場所へ行き、ゴミ袋に片っ端から手を突っ込んだ。突っ立っていても仕方がない。
「レシートの時間を見るといいですよ」と彼もスーツの袖を捲って一緒になってゴミの袋に手を突っ込む。「エンゲージリングかい?」と周りで作業中のおじさんがこちらに目をやる。そして1時間ほどゴミを漁り続けた。

リングは見つからなかったが、彼の助力を得て諦めがついた。
同じエレベーターで1階へ戻る時、倉庫で会ったひとりのおじさんが心配そうに声を掛けてくれた。コーヒーの出がらしや煙草の吸い殻、マスタードのついたビニールに突っ込んだ手は、何度洗っても臭いがとれなかった。

数日後に店から電話があり、リングは見つかった。
しかし、リングが見つかったのはこの話のおまけのようなものである。
明らかに動揺して饒舌な自分に付き合って、直接関係のないゴミに手を突っ込んでくれた彼に感謝している。


本日の1曲
Pretty, Pretty Star / Billy Corgan

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