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NEWYORK TIME LAG

日本列島の本州すら出たことが無い自分が初めて海外に行ったのが2002年の秋である。当時ニューヨークに住んでいた友人に会う為にJFK空港で待ち合わせをした。

飛行機の先頭へ伸びたタラップを渡り機内へ入る。スチュワーデス氏が並ぶその脇に座面のゆったりとした椅子が配置されている。肘掛けも広い。チケットを見せるとにこやかに「このままお進み下さい」と案内される。
(そうだよな、これがエコノミーのはずがない)とふむふむしながら進むと一回り椅子が小さくなった。立ち止まりチケットを覗き込んでいるとさらに奥へ案内された。
(そうそう、飛行機は縦に長いんだった)と奥へ進むと、座席がぎゅう詰めになった空間に出た。エコノミーシートだ。これなら帰省する時に乗る新幹線こだま号の座席の方がまだ広い。

しかし離陸してすぐにそのエコノミーショックは過去のものとなった。初めてのフライトである。成田空港付近ののどかな景色がみるみる小さくなってゆく。
数時間経ち一度目の食事も終わり、機内の照明は落とされた。乗客は横になったり本を読んだりしてくつろいでいるが、自分は小さな窓から見える景色に釘付けになっていた。

座席前方のモニタで高度と現在位置を確認する。雲の合間から見たことのない外国の街が見えた。眼下に広がるその街ではで会ったこともない人々が生活している。太陽の当たらない球面を移動している時は無気味な闇が広がった。はっきり言って映画を見ている場合ではない。自分は今、世界を俯瞰している。

ロッキー山脈は荒々しく、五大湖は地図帳で見た通りの形状だった。この景色を見てからだったら少しは地理の授業に興味を持てたかもしれない。
仮眠の後の朝食を終えると到着時刻が近付いてきた。マンハッタン!


空港に降り立ち入国審査を終えゲートをくぐる。ユナイテッド・ステイツ!
見渡すとまだ友人の姿は見当たらない。重いスーツケースを携えて壁際に並んだ固いイスに腰掛ける。一緒に搭乗していた人々はひとしきり知人と再会を喜んだあと、皆どこかへ行ってしまった。そして誰もいなくなった。

第7ターミナルはお世辞にも洗練されているとは言えない。そこは時々通り過ぎる人の足音が響くだけでしんとしている。昼間であるのに太陽光が差し込まない空間は蛍光灯にさらされて青白く自閉的な印象を受ける。目の前にはインフォメーションブースがあるが、本来インフォメーションするべき職員の姿はない。モップを持った猫背の清掃夫が通り過ぎ、黒人氏がなにかがなりながらうろついていた。
そのカウンターの上方に円を描く電光掲示板に流れる文字を眺めながら思う。
ジョン・F・ケネディ、ここは本当に君がいたアメリカか?

そうして1時間が経過しようとしていたが友人は来ない。携帯を持たない彼女と連絡を取るのは容易いことではない。自宅に電話をすればルームメイトがいるかもしれないと思いついたところで公衆電話の使い方もわからない。第一、到着時間に彼女が来ないということも考えにくい。冷たく固いベンチに座って待つ。

そして暫くして向こうから友人がやってきた。アメリカ合衆国は10月の最終週に時間を1時間早める。
そう、サマータイムを解除する。東京からやってきた訪問者とニューヨーカーの時間の認識も1時間のラグがあったのだ。
そのように、アメリカに到着して最初の1時間は合衆国によって失われたなんとも奇妙な1時間だった。


本日の1曲
A Praise Chorus / Jimmy Eat World

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