山中湖ノスタルジィ

幼い頃は毎夏決まって山中湖に家族旅行に出掛け、親戚の所有する別荘に滞在していた。旅行嫌いの祖父は毎年自宅で留守番と決まっていたが、親戚衆も交えての好例行事だった。

別荘は樹木に囲まれていて、真昼でもひんやりと心地よい。玄関前の木にハンモックを渡し、何度も地面に転げ落ちながらリゾート気分を満喫していた。
スワンボートに乗ったり、赤い3人乗り自転車を漕いだり、ビートたけしのカレー屋に行ったりした。居間のテレビではよく24時間テレビを見た。

別荘の玄関を開けると毎年同じにおいがした。『山中湖のにおいがする〜』と感慨深げな歓声を上げる自分に父親はあっさりと『カビのにおいだよ』と言い放った。それ以来深呼吸も控え、二度とその言葉は口にしなくなった。

別荘から歩いて3分程で湖に辿り着く。湖までの狭い道の両脇には木々が生い茂り、よく見ると古いボートが何艘も放置されていた。
早朝は父親と二人で湖畔をドライブした。車の黒いボディーにキラキラと光が反射し、窓を全開にすると生まれたての空気が顔に当たって気持ち良かった。

別荘の裏の山の山頂にはMt.Fujiという立派なホテルがあった。当時からジャズ・フェスティバルが開催されていた有名なホテルだ。そこは自分にとって一番身近な大人の雰囲気を感じる場所だった。滞在中には何度かホテルを訪れ、食事をしたり散歩をした。ホテルの五目ソバは見たことのないような豪華さでとてもおいしかった。

ホテルのある山頂へ向かう途中、外国のホラー映画に出てきそうな退廃的な建物があった。こちらを威嚇する牢獄のような頑丈な鉄の柵と黒い外壁に這うツタはとてもおどろおどろしく、古いお城のようにも見える。真夏の日差しに照らされて、人気のない建物は一層不気味だった。そして毎年、その建物のことが家族で話題になった。

富士山麓から湧き出る8つの泉は忍野八海(おしのはっかい)と呼ばれている。その光景は衝撃的だった。どこからかポコポコと空気の塊が噴出し、透き通った水のせいで泉の底は果てしなく深いように見える。柵すらない泉の淵で、水面を恐る恐る覗き込むと足がすくんだ。
その時、傍にいた知らないおじいさんが『こないだ撮影で潜った人間が底の穴に吸い込まれてまだ死体があがらないんだよ』と笑った。あんまりありがたくないエピソードを吹聴されたせいでその恐怖は更に加速した。

山中湖の思い出が次々と頭に蘇り、とても全ては書ききれない。
中学に入学すると別荘にも行かなくなった。今から8年前、友人と久し振りに別荘を訪れて以来、山中湖には行っていない。真夏にしか行ったことがないせいで、思い出す光景は隅々まで真夏の日差しに輝いている。
真っ黒なお城や、忍野八海の8つの泉や、Mt.Fujiのガラス張りの大きな窓は今この瞬間にも存在し続けているのだろう。それはこちらをなんとも不思議な気分にさせる。


本日の1曲
Sunday Morning / Maroon 5


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