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時は過ぎ、未来は今

時が過ぎる速度は一定であるはずなのに、時間の経過を早く感じる時期がある。仕事の終業時間を逆算して進むだけの時間は虚しい。早く過ぎることを願ってやり過ごす短絡的な時間もあるけれど、過ぎてしまった季節を振り返って呆然と立ち尽くす時もある。

目先の楽しみなイベントに向けて、早く進むように願うと同時に、目の前を過ぎていった時間を嘆く。矛盾を繰り返している間に一日が、一週間が、一年がすぐに過ぎてしまう。
時の流れに日々を奪われていると感じることもある。そう感じるのは、自己が成長を放棄している証でもある。時の経過を肯定的に捉えることが出来ないでいる。

毎日をやり過ごしている間にも、きっと大切なものを逃している。何も創造しない間に感覚は鈍る。前進しない自分の目の前を時間は淡々と過ぎてゆく。

同じような感覚を浪人時代にも持っていた。高校生でもなければ大学生でもない。不確かな未来の希望的観測に焦がれるばかりだった。大学入学が決定した時、これからの数年間は自分を覆っていた面倒な不安を忘れられると安堵した。

大学生活に抱いていた幻想は次第に色褪せていったけれど、友人達と一緒に過ごす時間は自分を支えていたと思う。大学というコミュニティーに所属し、似たような価値観と志を持つ仲間と過ごしていると安心出来た。

美術大学は特異であるということを卒業して初めて認識するようになった。我々が重きを置いている物事は一般社会に置いてあまり重視されていないようだった。もっとも、必要の無い人にとって、芸術は無くても生きていけるものである。芸術とは人々が日々を営む為に追いやってしまう面倒な感情で構成されていて、それは学生の頃の自分が抱えていた孤独や焦燥によく似ている。

大学卒業から4年も経ってしまった。いつもあれから何年かを数える時、少なめに年数を見積もってしまうのは、あの頃の自分への後ろめたさの証拠であり、目の前を通過した時間の儚さを知っているからだ。


本日の1曲
十二進法の夕景 / ASIAN KUNG-FU GENERATION

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