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快感と悪意と歯磨きのメゾット

こちらの知る限り、彼女は普段から便秘に悩まされていた。サプリメントを口いっぱいに含む彼女を見ていると、彼女の腸に同情してしまうほどだ。
『”脱糞の快感”ってあるんだって。』
ある時彼女は会話のついでにこういった。可愛い顔に不釣合いな「脱糞」という言葉はいつも以上にインパクトを増した。語尾から察するに、彼女はどこからか「脱糞の快感」の情報を得たのだろう。

彼女は頷きながらその言葉を反芻していた。そんな彼女を見ていると便秘でない自分は「脱糞の快感」が味わい尽くせていないのかもしれないと、なんだか損をした気分になってきた。世の中には多くの快感があるが、これからは「脱糞の快感」も付け加えなければならない。それからはトイレで用を足すたびにその言葉を思い出すようになってしまった。

またある日の彼女は憤慨していた。店舗で買い物をした際、紙袋の「持ち手」部分を店舗名の入ったテープでぐるぐる巻きにされたのだ。買い物から戻ってきた彼女は、その「ぐるぐる巻き」と格闘していた。眉間に皺を寄せ、口を尖らせてテープの切れ目を必死に探している。彼女は気の利かない店員に腹を立てているのは明らかだった。

『・・・悪意しか感じない。』
耐えきれず発したその言葉には思わず『そうだ!悪意だ!』と賛同してしまう迫力があった。店員によってはテープの端を折り返してくれるが、それでも悪意のぐるぐる巻きに時々出会う。はさみで切るのも面倒だと、引っ張れば引っ張るほどビニールは固くなっていく。そんなシーンではいつも彼女のその言葉を思い出してしまう。

歯磨きの上手な彼はペーストを搾り出してから延々とブラッシングに勤しんでいる。長時間ブラッシングを続けているにも関わらず、細かく泡立ったペーストは不思議なことに口からこぼれていない。
彼の真似をして歯を長時間磨いてみることにした。するとみるみるうちに口元から泡が溢れてしまった。口を閉じ気味に試してみてもTシャツに泡が垂れた。

それを見た”歯磨きの上手な彼”は『口を閉じすぎるからだよ。』と事も無げに言った。彼の助言は逆転の発想に近かった。その時は『ふうん』と気のない返事でやり過ごした言葉も、歯を磨く度に思い出すようになった。

彼らが発したいくつかの言葉は何故かいまだに記憶にとどまっている。印象付けを狙ってもいない言葉に反応し、何年も経っても忘れないのは奇妙な現象でもある。きっと条件反射のようなものだ。脱糞と買い物と歯磨きは日常的に繰り返される。


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