トップページ > 黄昏コラム > オタクとオシャレの境界線

オタクとオシャレの境界線

その日、友人氏とオタクごっこをしながら帰宅していた。彼女はオタクの模倣がやけに上手い。それは彼女がオタクタウン(中野)で生まれ育ったことによる、ある種の勘なのかもしれないが・・・まぁとにかく我々はオタク的な会話をしているうちに新宿駅に着いた。
中央線のホームの列に並んでいる時、前方に”本物の”オタクを発見した。彼は我々と同じく、数分後に到着する中央線を待っていた。

まず目に付くのは彼の髪型だ。肩につく長さの黒髪を無造作に束ねていた。しかし少々無造作過ぎる。ゴムで固定されている髪より、後れ毛の方が量が多いのではないかという大雑把さだ。薄い素材のジーンズに丈の短い七部袖の白いTシャツを着ている。彼の持ち物らしいキャリーカートには「ポケットティッシュ」と書かれた大きな段ボールが乗っかっていて、軽いのか重いのかもわからない段ボールの存在がマニアック感を増長させていた。

我々はオタクごっこを中断し彼の挙動を観察した。左の手首にはくしゃくしゃのビニール袋がぶら下がり、その中から菓子パンを出し入れしてほおばっている。彼は食べかけのパンをぶっきらぼうにビニール袋に突っ込み、右手に持った飲料ですかさず流し込む。電車が来る前に食べ切ろうとしているのか、随分と慌ただしい。
当初、姿を一見してオタクと認識した我々であったが、少々雲行きが怪しくなってきた。友人氏が異論を唱え始めたのだ。

友人氏はジーンズと飲料に注目したようだった。彼はデニムより薄い妙な素材のジーンズを腰履きし、もぐもぐと口を動かしながらスターバックスのシアトルラテを飲んでいた。オタクはジーパンを”腰履き”しないし、”スターバックス”のラテは飲まない、というのが彼女の主張だった。

間もなく我々を乗せた車両は発車した。夜の車窓を利用して彼をチラ見する。彼の着ているTシャツは七分袖でフロントには英語のロゴが入っていた。後姿で気がつかなかったが、彼はうっすらと無精ひげを生やし、大きな眼鏡をかけていた。顔の半分が隠れそうな大きなめがねは見ようによっては、「どちらにも取れる」し、ファッションアイテムとしては難易度が高い。彼は「ものすごくオシャレ」か「ただのオタク」なのだ。
”メガネ”、”七部袖”、”英語のロゴ”が『オタクではなくてオシャレ。』だと彼女は主張する。車内で静かに、しかし確信を持った口調で。

あれだけ嫌われていたオタクという人種が今脚光を浴びている。日本製アニメやゲームソフトの人気に便乗して、オタク文化も海外では認知度を上げているようだ。アニメーションが氾濫する日本でオタクをやらないのは損なのかもしれない。
それに『オタクっぽくてかっこいい』というのは褒め言葉のようだ。しかるに漫画やゲームなどの”インドア系趣味”を持ち、”色白で痩せ型”という条件が合えば、オタクと呼べるのだろうか。オタクの垣根も随分低くなったものだ。

そしてオシャレとオタクの境界線も、今日では曖昧である。絶対中野だよ。高円寺でしょ!という言い合いも虚しく、高円寺で降りた時も彼は電車を降りなかった。オタクなのかオシャレなのか最後まで謎を残したまま、疑わしい彼を乗せた電車は西へ走り去った。


本日の1曲
Boys Don’t Cry / Comeback My Daughters

続けて読みたいエントリーたち

0 Responses to “オタクとオシャレの境界線”


  1. No Comments

Leave a Reply