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感銘のデルタ

ある時期から読書の際、気になったページを折るようになった。ページの隅を三角に折り込むのは、付箋をつけたり、書き込みをするよりも手っ取り早い「しるし」である。
今夜部屋の片付けの際に久々に手に取った本には、沢山の折目がついていた。さぞかし感嘆符が頭の上に踊るような読書体験だったのだろう。
自分にとって良い本ならその分だけページは折り込まれる。その数は感銘の証と言えなくもない。

その作品を読んだ時期は大体想像がつく。この部屋の本棚にある書籍の大多数は大学時代に購入されたもので、有り余る時間を本を読むことに捧げてきたからだ。今思えば、よくもこんな本を!という小難しい作品も含まれているが、それにも容赦なくついている折目を眺めていると、学生時代のカオスティックな生活が懐かしく思い出される。

あの頃は何にも邪魔されない時間がたっぷりとあった。本を伏せてはトイレに立ち、本を読みながら煙草を吸い、読書を中断してはコンビニに行った。
それまで本を読む習慣がなかったせいで、読みたい本は無限に湧いてくるように思えた。書店の書架の前で手当たり次第に小説を手に取り、気に入った作家の本は全て読んだ。

本を読み返す時、ふと三角折のページに出くわすことがある。その頃の自分にとって、このページのあるセンテンスは有効に作用したということになる。その三角が示す箇所からは当時一番大切にしていた想いや、心を支配していた感情の類が読み取れる。

注意深く文章を辿ると、(あー、ここだ!)と思い出す時もあれば、その一方で何度読み返してもその「部分」がわからないこともある。
その時、自分がどこにどうやられたかは想像するしかない。三角折の中途半端さこそが後の想像力を掻き立てる。

ある友人が手にしていた本は、彼がひいた蛍光マーカーのせいでまっ黄っ黄だった。即ち、彼は線を引くのが止められないほど作品の虜になったということだ。少々感銘を受けすぎではあるが悪いことではない。


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