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日曜日の夕方症候群


友人の部屋の本棚には、全く同じ文庫本が二冊並んでいた。聞くと、持っているのを忘れて同じ本をまた買ってしまったのだという。その時、なぜ自分が買った本を忘れてしまうのか不思議に思った。確かに彼は読書家だけれど、さすがに自分の読んだ本くらいは覚えているもんなんじゃないかと思ったのだ。

日曜日の夕方はなぜか本を買ってしまう。高円寺駅の北口にはこぢんまりとした書店があって、日用品の買い物のついでにいつも立ち寄る。それはなんとなく周回コースのようになっている。
___ これからゆっくり夕食を作って食べ、夜は本でも読もう。
日曜の夕方はそう思わせる何かがある。

そうして日曜日がやってくるごとに書籍が増えていく。かといって購入した本を必ずその日に読むわけではない。読んでいない本が増えるのに、翌週末はまた本を買ってしまう。

本を購入する時、「カバーはかけますか?」という店員氏の声に、反射的にハイと答えてしまう。本を読み出す時にカバーを外し、本体だけの簡素な物質を掴む。我が家において、書店のカバーはまだページの開かれていない未読本の目印みたいなものだ。

しかし書店のカバーは買った本を探す折に少々やっかいである。単行本だったか、文庫本だったか、「紀伊國屋書店」か「ブックファースト」か「ブックスオオトリ高円寺店」か。日曜日の夕方に本を買う習慣がついてからというもの、カバーを外して中身を確認する回数は確実に増えている。
時々、買ったことを忘れていた本を見つけたり、買ったはずなのになかなか見つからない本もある。(それはつまり買っていないということだ)

そんな風だから、全く同じ本を二度買ったとしてもおかしくはない。しかし意外にもこれまで同じ本を二度買ったことはなかった。ホラ、やっぱり買った本は覚えているじゃないか。我が家の本棚に全く同じ本は二冊無い。
しかし先日、ついにその神話が崩されてしまったのである。

ある日曜日の夕方、またしても書店の棚の前にいた。今夜読みたい本を物色し、ある本を手にとった。ベッドの脇あたりで見かけたような気もしたけれど、今夜読みたい本が手元に無いよりはマシな気がして、買って帰ることにした。

部屋に戻って、ベッドの脇に積みあがった文庫本の中から数冊を引き抜いた。床にバラバラと崩れた中から何冊かのカバーを外していくと、ついさっき購入した本と同じ本が出てきた。

文庫本にかけられた帯は、“夏のキャンペーン” から “映画化の告知” に変わっていて、8版が18版になっていた。

本棚に同じ本を二冊並べた友人氏からは、その本の話を何度か聞いたことがある。有名な作家の著作でありながらなかなか日の当たらないその作品に、いたく感銘を受けているみたいだった。彼はそこまで思い入れのある本を何故気づかず二度買ってしまったのだろう。


本日の1曲
DOOR OF THE COSOMOS (THIS STARS ARE SINGING TOO)
/ SPECIAL OTHERS

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