やどかり洗濯事情

一目見て、このマンションを気に入ったのは、マンションらしからぬ冴えない外観と、理想的な間取り。しかしひとつ問題があった。
この部屋にはベランダがない。その時は屋上の存在をアテにしてさほど気にしていなかった。しかし屋上へ出る扉には鍵がかかっていた。近所で飛び降り自殺があってから、開かずの扉はますます開かなくなった。

以前住んでいたアパートはちょっとした高台にあった。玄関前の広いスペースに洗濯物を一気に干せた。日当たりも、風通しも抜群にいい。大量の洗濯物はあっという間に乾き、布団を干すのも苦労しなかった。洗濯ってこんなに楽しかったのか!と開眼するほど快適な洗濯環境だった。

それに比べてこの部屋は、窓を開けても細くて頼りない欄干があるだけだ。人間がもたれればそのまま落下してしまいそうな気もする。かくして風呂場に洗濯ものを干す生活が始まった。布団は欄干と外壁との狭い隙間に無理矢理干す始末。

この時、洗濯物の落下には十分気を付けなければならない。この部屋から落下した洗濯物は通行人を驚かせるだろう。シーツやタオルケットを干す時は特に注意が必要だ。丸めたままの洗濯物をバサッと屋外で広げた途端に、くるまっていた下着類が飛んでいくことだってある。

ある日自分のバイクのミラーにパンツが引っ掛けられていたことがある。道路に落ちて泥だらけではあったが、それは間違いなくマイパンツだった。
何故わかった!?恥ずかしい!と一人オロオロとしたが、集合住宅の洗濯物の主が容易にわかるはずもなく、たまたま落とし主のバイクにかかっていただけなのだろう。モノがモノだけに放っておくわけにもいかず、こそこそと丸めて部屋に持ち帰った。

風呂場の窓を開けると通気がよく、洗濯物は意外によく乾く。洗濯物特有の太陽の香りが恋しくなると、欄干にハンガーをつっかけ、そのストレスを解消している。
越してきた当初は色々気にかかったさまざまなことも、住んでしまえば自然に受け入れられるようになる。今は洗濯物を風呂場に干し、狭い欄干に布団を挟むのも気にならなくなってしまった。


本日の1曲
Easy Way Out / Tahiti 80


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