幸福な庭

道路に面した白い門扉を開けると頭上のアーチには真っ赤な薔薇の花が巻き付いている。湾曲する緩い階段を上がると、重厚な木で造られた玄関が姿を現す。幼い頃の記念写真は大抵そのアーチの下か玄関扉の前で行われた。
自宅は生まれる前に建立された古い一軒家で、白い洋館は当時はまだ珍しかった。

玄関を開けると吹き抜けの空間が広がっていて、丸いガラス球の照明が3つ天井から長く垂れている。ガラス張りの2階の廊下からは国道1号線が見渡せた。夏には日差しにテカテカと照らされた民家の尾根を、冬には寒々しくそびえる遠くの山を眺めた。
隣接する工場では祖父と父が働いていて、キーンキーンとかすかに機械の音が聞こえた。

祖父は庭に大業な犬小屋をこしらえた。サーモンピンクの屋根にアクリル板をはめ込んでサンルーフを作り、雨どいまで装備されていた。2匹の犬は朝の時間放し飼いにされ、ランドセルにまでじゃれついてきた。門扉でお別れすると、今度は素早く進行方向の階段を駆け上がり外壁の白い塀の上から顔を出して見送ってくれた。その動作はとても愛おしくて手の届かない犬の顔に向かって何度も手を振った。

祖母の見真似でよく庭の掃除をした。天気の良い午後、長いホースで豪快に水を振りまいた。階段の上から水を流し、硬いホウキを使って葉や土を洗い流す。”おそうじ”を終えて庭を見渡すと、植物もコンクリもつやつやと光っていた。

中学生になると工場は隣町に移転し、自分の部屋と洗濯場が増設された。自分の部屋にも、洗濯場にも家への出入りができた。そして段々と玄関を利用しなくなった。
祖父は他界し、犬も死んで犬小屋は撤去された。父親は再婚して新しい家を建てた。ひとりっ子の自分は東京に上京し、今は祖母が一人でその家に住む。

白い鉄製のポールは植物に巻き付かれることもなく、所々錆びが剥き出しになっている。今ではすっかり彩りの乏しい庭にも、時々庭師がやってくるみたいだ。


本日の1曲
雨は手のひらにいっぱい / SUGAR BABE


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08/19 『おじいちゃんの幸せなアトリエ』 


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