おじいちゃんの幸せなアトリエ

工場の仕事を終え、夕食を食べ終えると祖父は2階に上がっていった。テレビを見るのをやめ、後を着いて2階へ上がると、祖父はいつも真剣な眼差しで凧に絵を描いていた。新聞を読むときくらいしかかけない分厚いレンズのめがねをかけて、凧に覆い被さるようにして。歴史好きの祖父は、いつも絵物語を書いていた。

隣の公園にある児童センターでは子供向けの様々なイベントがあった。手作りの凧を作る回に祖父と一緒に参加した。もともと職人で手先が器用な祖父は、久々の工作の楽しくて仕方がなかった様子で、中年の講師の指導を熱心に聞いていた。そしてほどなく自宅で凧を制作するようになった。

ナイフで削られ、交差を繰り返して力強く組み上げられた竹。とても頑丈で、しなったテンションには子供には近寄りがたい緊張感があった。祖父は糊を含ませた刷毛で、丁寧に紙を貼り付けてカンバスを完成させた。

凧の制作を始める前から、祖父は絵の好きな人だった。凧作りは祖父の自慢の趣味になり、近所の人も見物に来た。出来たばかりの凧を担いで公園に乗り込む時は、まるで”おみこし”を担いでいるように興奮した。

祖父は毎日制作に没頭し、凧のサイズも段々と大きくなっていった。竹は太くなり、画角は広まった。巨大な凧は部屋いっぱいに横たわっていた。凧を踏まないようにつま先立ちで祖父の周りを歩いた。
あろうことか作った凧が大きすぎて、部屋から出せなくなったこともあった。熱中するあまり部屋から出す時のことを考えていなかったらしい。祖父は完成した凧を解体するよりも、迷い無く部屋の入り口を解体した。家族も笑ってそれに付き合った。

傍らに図書館で借りてきた資料を置き、鉛筆で丁寧に下書きをした。木の戸棚を開けると、たくさんの絵の具が詰まっていた。その中には固まって口が開かなくなっている孫のお古の絵の具も混じっていた。
孫が美術大学に合格した時、祖父はもういなかった。『おじいちゃんも喜んでるら。』と皆が口々に言った。

田舎の夜はしんとしている。アトリエにいると微かな虫の音や、国道を走るトラックのクラクションが聞こえた。蛍光灯に照らされた部屋で祖父は黙々と作業を続け、時々祖母がお茶を持ってきた。筆を休めては孫に色合いを相談し、凧に描かれた絵物語について熱っぽく語ったりした。おじいちゃんは満足そうに自分の作品を自画自賛していた。


本日の1曲
Perfect / Smashing Pumpkins


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