JUMON

イーゼルに向かって冴えない自分のデッサンと格闘する毎日。講師から毎回同じ注意を受け、わかったつもりになっても思うように手が動かない。校内の勝手も、授業のカリキュラムにも、始めたばかりの一人暮らしにも戸惑っていた。

予備校には新たな年度を迎えたばかりの先輩達がいた。講師陣と会話する姿も、テキパキと支度を整える様も随分こなれた感じがした。
そして模範解答のような隙の無い作品を提出した。彼らは一度完成されたテクニックを更に磨く段階に来ていた。果たして来春の受験ではライバルになれるのだろうか。
あの頃の不安のほとんどは慣れない浪人生活と来春の受験結果に繋がっていた。

不安はいつでも張り付いて剥がれることがなかった。不安の原因らしき心当たりをクロッキー帳に書き出して、箇条書きにされた「悩みの種」を眺めたりし
た。そうやって不安要因をひとつひとつ退治しながら毎日を過ごしていた。

ある日彼は石膏像のモチーフを前に小さな木の椅子に腰掛けたかと思うと、着ていたセーターを無造作に床に放り投げた。鉛筆の削りカスや絵の具がこびりつ いた綺麗とはいえない床に。彼は同じクラスに所属していた2浪目の生徒だった。

ある時彼の前でぼそぼそと弱音を吐いた。彼は最初に作った真剣な表情を次第に崩していき、話し終わった後にこう言った。
『お前が思うほど、事態は深刻やないでぇ。』
そう言って微笑んだ。

その言葉は自分の性質の全てを見透かしているかのように自然な響きを持っていた。その後も度々思い出し、思い出す度に違う角度から心に風が吹くような心地がして、心が少しだけ軽くなった。
勿論、その言葉ですべての困難を乗り切ることはできなかった。効き目がないと感じた時はその言葉にあたったりもした。それ程にその言葉が自分の中に染みついていた。

失敗をした時、自分の言動に後悔している時、考えれば考えるほどまさに「事態は深刻」になっていく。彼が言った言葉を唱えると、考えすぎている間に見落としていた本質に気づくことがある。

自分を信じて、肩の力を抜け。『お前が思うほど、事態は深刻やないでぇ。』
彼が何気なく発した言葉を10年が経った今でも時々言い聞かせている。


本日の1曲
Susanne / Weezer


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