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看板描きの夢

そこはまさにアトリエだった。地面には大小様々な看板がひしめき、奥の大きな制作机には描きかけの看板が横たわっていた。小さな工場のように見える灯りの少ないその場所をよく覚えている。
父親は会社の看板を発注しによくその看板屋に行った。それを知ると必ず一緒に連れていってもらっていた。

看板をよく見ると書き直しのある下書きの線が残っていた。それを見て綺麗な文字が手描きで制作されていることを知った。文字には幾筋も筆の跡が残っていた。
整った字体でくっきりと描かれた看板は、1枚のポスターのようにも見えた。とても特別な感じがして、雨晒しにされるのが惜しいと思ったほどだった。

丁寧にレタリングされた文字には有り難みがあった。今ではパソコンと家庭用プリンタを使えば、綺麗な文字はいくらでも手に入るけれど、まだワープロさえ使ったことのない子供にはゴシック体が輝いて見えた。
会社の看板を制作して貰えることが嬉しくて仕方がなかった。

中学生になると美術教材のひとつとして「レタリング辞典」という冊子が配られた。かなと主要な漢字だけが掲載された簡単な冊子ではあったが、胸が躍った。微妙なカーブのついた「はね」や「はらい」を丁寧に描くと印刷物のような綺麗な文字が姿を現した。その作業はこちらを飽きさせることがなかった。

思えば一番最初に持った夢は看板描きになることだったかもしれない。仕事を熱心に眺めていた子供が美術大学へ進学したことを知ると看板描きのおじさんは感心したように微笑んだそうだ。

東海道線に乗ると、踏切の脇にはおじさんの作った会社の看板がある。電車はあっという間に通り過ぎてしまうけれど、車窓に流れていく看板を見るといつも誇らしげな気分になる。


本日の1曲
Start Over / Asparagus

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