スケッチブックの憂鬱のもと
あの頃、不安はいつも近くにあって、まるで身体に濡れた布がまとわりついているようだった。だから眠くなるまで誰かと一緒にいて、明け方の歩道で手を振って別れた。
まだそう長くはない人生を振り返っても、10代最後のその年は密度の濃い一年間だった。当時住んでいた狭すぎるワンルームは、ものを考えるのには適していたけれど、考えているうちに何がそこまで気分を憂鬱にさせているのか判らなくさせた。出どころの曖昧な不安は、夜になると小さな四角い空間をひたひたと満たしていった。
___ それはここまで気分を落ち込ませるほどのことなのだろうか?
ある時何気なく、目の前のスケッチブックに、今少しでも不安に思っていることを書き出してみた。薄暗い部屋でスケッチブックに覆い被さるようにして10程度の項目を書いた。
とりとめのない大きな問いを除けば、そのうちの多くは日常の些細な出来事に起因していた。時がたてばやり過ごすことのできそうなものも多かったし、答えが明らかな単純な悩みもあった。(明日のテストが嫌だ、とかそんなことだった気がする)
箇条書きにされた “憂鬱のもと” は、どれも大したことがなかった。
そう、驚いたことに、大したことがなかった。
それ以来、スケッチブックに憂鬱のもとを書き出すようになった。
一人暮らしを始めたばかりで、真夜中の憂鬱の解消法を他に知らなかった。
それは悩みの解決を試みることとは少し違う。靄(もや)のような不安を千切って眺めれば、少しそれが遠退いていくような気がしただけだ。言葉を書き出せば、なんとなく不安と折り合いをつける方法を見つけたような気になった。
浪人生の身分だから、翌春のためにやらなくてはいけないことはたくさんあった。克服しなくてはならないデッサンモチーフのことや、覚えなくてはならない英語の構文も山積していた。今、前進するためには、不安を追いやらなくてはならないと思った。
___ なんだ、大したことはないじゃないか。
だから、そう思えることが重要だった。理由のつけられない憂鬱は邪魔だった。不安な夜は憂鬱のもとを眺め、そのスケッチブックのおかげで、次の春には大学に合格することができた。
今では憂鬱のもとを書き出すこともなくなった。
もう、不安を追い払おうとしなくなったのかもしれない。あの憂鬱の種類を持たなくなったのかもしれない。何かを目指して貪欲に前進する必要も、無くなった。
あの頃スケッチブックを覆ったのは、まだ何にでもなれると信じていた頃の憂鬱のもとなのだ。
本日の1曲
Swallowed / Bush
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