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混乱と踊るサルサ『Waking Life』

映画『Waking Life』が日本で公開されたのは2002年。公開前からデザイン系雑誌などでは頻繁に取り上げられた。恵比寿ガーデンシネマで受けた衝撃は忘れられない。

DVD化されるとすぐamazonで購入した。しかし一般的な知名度は低いのかもしれない。まさに知る人ぞ知る映画になってしまった。

この映画は全編がアニメーションで30名以上のアニメーターがMacintoshの前でひたすら9ヶ月かけて作画したデスクトップムービーである。1分間のシーンにおよそ、250時間がかかっているそうだが、動きが滑らかで淀みない現代のアニメーションとは明らかに性質が異なっている。

デジタルビデオの映像をベースに書き起こされたイメージは、いびつで不安定だ。カメラの揺れをそのままに描く為、画面は多方向に揺らぎ、登場人物の顔や背景も変化し続ける。
アニメーターごとに画風が異なるために、”同一人物が同一人物に見えない”という現象が起こる。

Photoshopでいうところの「レイヤー」で大雑把に見せたかと思えば、次のシーンでは背景の細かな描写が動き出す。そのやり方にも統一感はなく、次々に新しいスタイルが現れる。

街を彷徨い歩く若者に出くわした人間たちはやや一方的に自己流の哲学を語っていく。
ある時は服役囚が、ある時は階段ですれ違った美しい女性が彼に向かって唐突に語り出す。彼等は存分にアジテーションを繰り広げた後、満足したように画面を去っていく。
言語の洪水が観る者を襲う。夥しい量の字幕に圧倒されるかもしれない。この作品は人間の会話のみで構成された映画と言えるだろう。

会話には哲学者や文学人の名称が頻繁に登場する。小難しい台詞の言語をアニメ化した茶々がいいスパイスになっている。

会話の途中で人間は雲に変化したり、興奮した男の顔は徐々に赤くなっていく。それはアニメーションだから為し得る演出で、アニメーションの写実的な側面とマンガ的な側面を融合させた面白いシーンになっている。

ドキュメンタリー作品に着彩した手法で夢と現実の区別は曖昧になる。そしてその浮遊感なくして、この作品は成立しないかに思われる。

表現は常にパーフェクトである必要はない。完成度の高いアニメーションに慣れた人々の常識を覆すような作風は、感嘆の連続だった。
存分にこの作品に酔いしれて欲しい。しかし三半規管が弱い人は独特のカメラワークで”実際に”酔ってしまうだろう。現に今、頭がくるくる回転した状態でこの文章を書いている。




本日の1曲
La Cosa Pequena / Tosca Tango Orchestra


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