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『かもめ食堂』の丁寧な暮らし

この映画の存在を知った当初真っ先に沸いたのは、なぜフィンランド?という疑問だった。しかし作品を観ているうちに、その答えらしきものをじわじわと感じることができた。

それにもしこの作品が、日本のどこかの街で撮られたものであったなら、少々趣旨の違った作品になったのではないかと思う。

3人の日本人女性が、それぞれの理由でフィンランドに集まった。ヘルシンキで定食屋を営むサチエ(小林聡美)は、なかなか客の集まらない「かもめ食堂」で毎日皿を磨いている。彼女は『素朴だけど美味しいもの』をフィンランドの人に振る舞うためにここにやってきた。

サチエ:さて。朝一番白いごはんと一緒に食べたい焼き魚といえば?
ミドリ:・・・しゃけ?
サチエ:ほら!ね?日本の人もフィンランドの人も「しゃけ」好きなんですよ。
ミドリ:なるほどー。
サチエ:なーんて、たった今思いついたコジツケですけどね。
ミドリ:・・・ハハ。

3人の中でフィンランド語を話せるのはサチエだけ。食堂を手伝うミドリ(片桐はいり)も、マサコ(もたいまさこ)も、接客では日本語を使う。実はこれこそが『かもめ食堂』という作品の要ではないかと思う。

相手の話す言葉がわからなくても、自分の話せる言語に心を込める。そんな風に人と接することが出来たなら、意外とあっけなく心の通ったコミュニケーションが成立してしまうのかもしれない。物語に自然に入り込んでくる異国の空気は、登場人物たちの人となりをいっそう際立たせていた。

そんな食堂の空気を、この作品が発する音がよく表している。
食器が重なり合う音や、店内を行き来する靴の音。日常会話の音量の登場人物たちの会話。サチエの発する『Kiitos!(ありがとう)』も心地良く響く。(それは背後に控えているであろう撮影クルーの存在をも感じさせないのだ)

自分の名前を漢字で書いてもらい歓喜する日本アニメオタクのトンミ・ヒルトネン(豚身昼斗念)青年や、フィンランド発祥の「エアギター」の話題が登場するあたりは、なんとも今風の味付けであるし、なにより個性的なキャストが醸し出すちょっとした可笑しみは、もはや期待通りというべきだろう。

彼女たちが作り、テーブルに出された “焼き魚” や ”おにぎり” がとても美味しそうに見えるのは、それが丁寧な所作の延長線上にあるからだと思う。(実際、映画を観た後で、誰かの作った料理を食べたくなり、定食屋へ駈け込んだほどだった)

ボトルにふきんを添えて飲み物を注ぐ。
キッチンの汚れは気付いた時に拭く。
菜ばしを丁寧に揃えて置く。
食器をきちんと整頓する。
そして、丁寧に人と接する。

『かもめ食堂』から丁寧な暮らしを感じれば、自分の生活がいかにそこから離れているかに気付くかもしれない。容易いようでなかなか叶わない “丁寧な暮らし” に価値をおける人なら、きっとこの作品に心地良さを感じるはずなのだ。


本日の1曲
クレイジーラブ / 井上陽水


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『かもめ食堂』に続く、荻上直子監督作品『めがね』は本日公開

▼『めがね』
脚本・監督:荻上直子

出演:小林聡美 市川実日子 加瀬亮 光石研 もたいまさこ  薬師丸ひろ子(「めがね」の友だち)
エンディングテーマ:大貫妙子
テアトルタイムズスクエア、銀座テアトルシネマ、シネセゾン渋谷ほか全国ロードショー

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