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非効率なひと

君はそう思わないかもしれないけれど、世の中には効率化されてはならない領域というものがあるんだよ。効率的な芸術なんてあり得ないし、効率的な自分の人生なんて想像がつかない。
10年間同じ人を想い続けることだって、とても効率的な人生とは言い難いだろう?

先日、新しい上司がやってきた。前職では何百人の部下を従え、最初の就職以外はすべて “引き抜き” で今日に至ったというキャリアウーマンである。彼女は「業務の効率化」を遂行するためにここにやってきた。

彼女は徹底的にタスク管理を “強いる”。各々の業務にかかる時間を算出し、リスト化してグループ内でシェアする。金曜の時点で翌週5日分のタスクリストを練り上げ、忠実に数値化されたリストに基づいた無駄のない行動を心がける。仕事というものは見積もった時間より手間取ることのほうが多い。予定がずれ込めば「何故手間が取られたか」を自問し、それが業務フローを改善するきっかけになる。

その結果、業務は効率化され、クオリティも向上する。
確かに、我々の周りには、時間的余裕がなくて後回しにしていたやらなくてはいけない業務が山積しているのだ。

___これはトレーニングだ。

そう思えばやってみるのも悪くない。無駄な行程を省き、業務に集中することで残業から開放されるのは素晴らしい。しかしなぜこんなにも拒否反応が起こるのだろう?

余分な思考や、時間のロスを忌み嫌う効率化の世界では、無駄のない行動が好まれる。質問と答えは、常に簡潔に。
「効率化」について少し考えてみる。これまで効率化を求められたことも、それを目指したこともなかった。
この違和感は美術大学を選択したパーソナリティと深く関係があるのだと思う。芸術的創造は効率の対極にあるけれど、ビジネスでは「言葉にならない想い」や、「逃れられない怠惰」は通用しにくい。

曰く、良いビジネスパーソンになるためには『なぜ?』という言葉を相手に10回言うのが効果的だそうだ。相手の話を鵜呑みにせず、常に疑問を提示する姿勢が必要だと。(成る程、社内にはその言葉を好んで使う人々がいる)
しかしその物言いは使いようによっては相手を追い詰める危険な言葉ではないのか。実際に言われてみると気分が良いものではないし、気分が悪い理由を聞かれても答えようがない。

一日の半分の時間を捧げる「仕事」を効率化すれば、あとの時間を有効に使うことができる。しかしその一方で、効率化に馴染めない人間は、一日の半分を窮屈に過ごすことになりかねない。理屈は理解できても、10回聞く人間になりたいかどうかは、また別の話だ。


本日の1曲
Oil And Water / Incubus

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