年度末の別れ

会社には人事異動というイベントがある。その詳細はイントラネットで知ることができるが、普段会話はしているものの名前を知らない人はいつの間にかいない状態に陥りやすい。
「ほらー、前よく喫煙所で会ったあの人だよ?」と同僚に確認するとあっさり他部署に異動になっていたりする。

これまでにも最後の挨拶が出来ないまま慌ただしく異動していった上司は何人かいる。仕事の愚痴や郷土話などで一時の息抜きを共にした「おじさん」達は遠く離れた支店や関連会社に異動していく。

先月末に自分の上司の異動が発表された。定年間近である上司氏が配属されてきた時、慣れない仕事で四苦八苦していた。この職場では彼は新人である。処理を中断しては上司氏は自分に助言を求めてきた。そして恐れ多くも様々なアドバイスをさせていただいた。上司氏は若造の自分に丁寧に頭を下げてから仕事に戻った。それから2年が過ぎ、その上司氏は自分のボスになった。

お別れの際にそのエピソードを話すと上司氏は照れくさそうに「そうだったかナァ〜」と頭を掻いた。上司氏は周りが見えない程、必死だったのだ。そしてことあるごとに彼のその習性は露になったが、部下達は苦笑いしながら負担をかけまいと努力していた。その真面目で気さくな人柄で彼は皆に慕われていた。

上司氏はいつものようにゆっくりと歩いて職場を後にしていった。もう会うのが最後かもしれないのに気の利いた言葉が言えず、おじぎをしただけだった。駆けていってお礼を言おうか迷ったが恥ずかしくてできなかった。彼の後ろ姿を見てなんとも言えない気分になった。
その日の夜、遅い時間に仕事が終わり同僚達の飲み会に顔を出したら酔っぱらった当の上司氏がいて、ひっくり返りそうになった。

年度末の社内はあちこちでおじぎをする光景が見られる。口々に感謝の言葉を述べ、頭を垂れている。遠くで見ていても退社する本人がなんとも言えない表情をしているのがわかる。
廊下でばったり会った上司や同僚に突如「今日までなんですヨ」と言われる。今までしたこともない握手をしたりする。連絡先も知らない相手であるから(この先このまま会わないかもしれないな)と思う。
金曜はその場面をいくつも経験した。繰り返されるその儀式はきっと皆をある種の感傷に引き込んでいるのだと思う。

それはお互いがこれまでで一番親密な顔を見せる瞬間でもある。
なぜ、別れ際にしか感謝の意を表すことができないのだろう。もっと感謝の言葉を日常的に伝えることが出来たならばよいのに、といつも思ってしまう。


本日の1曲
Nice To Know You / Incubus


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