優しい他人

総武線の座席の端に腰掛けると、すぐ隣に傘が立てかけられていた。カラフルな水玉のスリム傘は、新宿駅で降りた乗客の忘れ物だろうか。あるいはずっとそこに留まって千葉と東京郊外を往復し続けているのかもしれない。

高円寺のホームに電車が到着し、荷物を持って電車を降りた。降りる間際に誰かが傘を忘れたことを告げるかもしれないと思ったけれど、周りの人々は一様に他人には関心がなさそうに見えた。それに自分の傘ではないことをどうアピールすればよいのだろう?

耳にイヤホンをしていたが音の途切れた隙に「傘」という単語が聞こえて振り返った。後方には水玉の傘を手にしてホームに体を半分乗り出している中年の男性がいた。彼は必死に何かを叫んでいた。半分は予想していた状況だったが、本当に起こると思わなかった瞬間でもある。咄嗟に顔の前で手を横に振った。「違います。」

ある日、改札を抜け南口を出ると盲の男性が立っていた。杖をついた男性は行き場がわからなくて立ち止まったのだろうか。単に考え事をしているだけなのかもしれない。

すると自分の前方を歩いていた若者がさっと男性の手を取り、「大丈夫?駅ここだよ。」と言った。男性は微笑んで頷いた。
若者はボロボロのジーンズにウォレットチェーンをつけているような今時の若者だった。彼の口調は同世代の友人に接しているようにさらっとしていて「気兼ね」が無かった。

ある友人と駅のホームを歩いていた。先方の階段にキャリーカートを担ぐ老婦人が見える。一緒にいた友人は何の前触れもなく早歩きで歩み寄った。彼女は老婦人に追い付くと、黙って後輪を持ち上げた。婦人は階段を昇りきると振り向いて軽く会釈をして去って行った。そして自分のところに戻って来た友人は先程と同じ口調で会話の続きを始めた。

考える暇も無く彼らはその行動を取った。それは、こちらがあれこれ考えている間の、一瞬の出来事だ。


本日の1曲
踵鳴る / eastern youth


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