愛車TOMOS

大学に入学した年に、原付バイクの購入を思い立った。真っ先に浮かんだのは、以前雑誌で見かけたciaoだった。輸入車種を扱う渋谷のHONORARYに向かう。店員氏によるとciaoは坂道に弱く、繊細な車両であるようだ。自転車のような華奢なルックスに惹かれていたのだけど、考え直すことにした。
悩んだ末オランダ製の原付バイク、TOMOSを購入した。車体価格にアクセサリーや保険料を合わせて約25万円の買い物。

TOMOSにも自転車のペダルがついていて、エンジンを切れば自転車として機能する。こういう「エンジン付き自転車」は通称モペッド (moped)と呼ばれ、ヨーロッパでは一般的な乗り物らしい。
しかしストレートに自転車をイメージするのは危険だ。ペダルは前方にしか回転せず、車体が重いせいで必死に漕いでもなかなか前に進まない。

しかし、一方通行が多い住宅街や交通ルールの複雑な街中では威力を発揮する。一方通行の迷路に迷い込んでしまったらボタンでエンジンを切り、自転車状態で突っ切れる。道を間違えた時は、ペダルを漕いで目の前の信号を渡ればよい。しかしその様は意図せず皆の注目を集めることになる。

その個性的な外見以外にもTOMOSには国産車と違う点がいくつかある。まずエンジンキーが無い。大抵の原付はキーを回してエンジンをかけるけれど、TOMOSは後方にペダルをキックしてエンジンをかける。慣れるとサドルに座ったままでもエンジンをかけることが出来るけれど、気温が下がる冬場はその作業に10分以上費やすこともある。
給油時には専用のオイルをガソリンに混ぜる必要があるから、いつもスタンドの脇でペットボトルに詰めて持参したどろどろの液体を自分で混入しなければならない。

それに外車は一旦故障すると修理に費用がかかる。当時友人氏が近所のバイク店で働いていたために、いつも快く修理を引き受けてくれたけれど、大抵は断られてしまうと思う。代替えが効かない部品は高額で、取り寄せにも時間がかかるからだ。

当時は車の免許を持っていなかったので、購入前の帰省時に静岡の山奥の免許センターで原付免許を取得した。そして渋谷で購入したバイクを当時住んでいた小平まで乗って帰る、という最初の難関に立ち向かわなければならなかった。渋谷から小平までは結構な距離がある。スピードの出ない原付なら尚更時間もかかる。

店員氏の至極簡単な説明を受けて発車した数分後には、死物狂いで246号線の交差点を突破していた。明治通りを新宿まで北上し、青梅街道をひたすら西へ。初めて公道を走るというのにどれも都会の主要道路だ。

明治通りを必死な形相で走り抜け、新宿から青梅街道に入った。3車線の道路に赤信号で停車すると殺気立つ後続車の気配を感じて、スタート前の緊張感にビビる。信号が変わって発車した数秒後には、道路脇の工事の看板に思いっきり突っ込んでいた。アクセルの加減すらわかっていなかった。

気を取り直して青梅街道を進む。いや、進むしかなかった。杉並区に差し掛かったあたりでおもむろにペットショップに入店した。当時我が家にやって来たばかりの子猫氏に土産を購入し、冷静な自分を演出。再度バイクにまたがり、鬼の形相で我が家を目指す。そうして渋谷から約2時間の旅が終わった。

その後の生活に欠かせない存在となったTOMOSだが、レッカー騒動があったせいで今は実家の洗濯場に放置されている。
購入したのは10年前、静岡からの運搬費用とメンテナンス費を考慮すると、新車を買った方がよいのかもしれない。愛車TOMOSと離れて2年が経ち、そろそろバイクにまたがる生活が恋しくなってきた。


本日の1曲
By The Way / Red Hot Chili Peppers


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