あるドーナッツ屋の消滅

高校を卒業するまで住んでいた町には一軒のドーナッツ屋があった。
高校時代の放課後にはよくその店に行った。店は駅前通りにあって、市外から電車で通学してくる生徒と市内の自転車通学の生徒の最後の接点でもあった。学校のすぐ近くに住む友達もわざわざ駅前までやってきた。

そのドーナッツ屋は数少ない高校生の遊び場だった。駅前にはファーストフード店も無く、その頃はコンビニエンスストアすら無かった。

木製の小さなテーブルとベンチが並び、古めかしいオールディーズの音楽が流れていた。学生服姿の友人は小さな灰皿でこっそりと煙草を吸った。ところで、同級生の一人はいつも一番安いドーナッツと水を注文し『これなら100円で済むんだよ。』と得意げだった。

数年前、そのドーナッツ店が閉店したことを聞いた。町のはずれに出来たショッピングモールの中に店舗は移転したみたいだった。地元で暮らす人にはニュースだったかもしれない。まだ駅前に飲食店があまり無い頃から10年以上そこにあり続けた店だ。
しかし今では帰省して立ち寄ることもなくなっていたし、ひとつのドーナッツ屋の消滅に特に感傷的になることもなかった。

この間久し振りに東京でドーナッツ屋に行った。店の窓から見える薄暗い路地は雨が降り出してより陰湿な感じがした。窓際の席に座ってドーナッツを齧っていると聞き覚えのある歌が流れて、放課後の風景が思い出されてきた。

すると、駅前通りのドーナッツ屋が無くなったことが今更寂しくなってきた。
今、母校の高校生達はどこで放課後を過ごしているんだろう?ガラス越しに通りを眺めて、クラスメイトが通るたびに息を潜める淡い恋の思い出の舞台だったのに。


本日の1曲
DOUGHNUT SONG / 山下達郎


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