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ほんの少し先の変化

高校生の時、アルバイトをしたいと家族に相談すると、当時駅前にあったラーメン屋のマスターに話をつけてくれた。父親の長年の友人であるマスターが一人で切り盛りする小さな店だった。
アルバイト初日、昼の時間になると次々と客がやってきた。接客をし、お金を扱い、食べ物を運ぶ。店の運営を自分のような高校生に任せてよいのかと不安になった。

そんな「重大な」ことをしているにも関わらず、仕事の説明らしきものはほとんどなかった。不安な気持ちのまま最初のお客さんがやってきて、マスターは淡々と料理を作り始めてしまった。ラーメンの汁をこぼさないように運び、省略して呼ばれるメニューの名前も覚えた。

そのほかにいくつかアルバイトを経験したけれど、その度にろくに説明も受けないまま勤務が開始された。
社会に出るということは突然放り出されることだった。充分な説明を得られないまま、最善の方法を自らが考えなくてはならない。その時、今まで自分がどれだけ加護されて生きてきたかということを思い知った気がした。
上京する時も、大学に入学した時も、初めて勤務先に出社した日も。いつもその感覚が蘇ってきた。

今夜友人から携帯にメールがあった。そこには”今度家族が増えるから・・・”と事も無げに書かれていたが、それは初めて知る彼女の近況だった。そういえば元同僚の彼女とは昨年の夏から暫く会っていない。

職場でメールを見たあと、帰り道に彼女のことを考えていた。こちらがまだ呑気な大学生活の最中に彼女と知り合った。彼女はアルバイトをしながら学費を捻出し、1個100円のキャベツでおかずを作っては、職場に弁当を持参していた。こつこつと勉強をし、国家試験を突破してハードな仕事に就き、長く付き合っていた彼氏と昨年結婚した。
どれもが人生の転機というべき出来事だった。彼女に起こった出来事の全てを知っているわけではないけれど、知り合ってからの5年半で、彼女の生活は刻々と変化しているようだった。

彼女はその間何度も「放り出されて」きたのだろう。現実感が湧いてこないまま予測できないほんの少し先の未来を選び取ってきたはずだった。それがよい変化であれ、意図しない変化であれ。
自分は、何をしていたのだろう。
環境が変わることを大袈裟に恐れ、生活を維持することを第一に考えてきた。たった5年半の彼女の生活を反芻していると、ほんの少し先の変化にすら怯えていた自分がひどく情けなくなった。

新たな一歩を踏み出す時はそれなりの覚悟が必要ではあるけれど、適度に肩の力を抜かなくては乗り切れない。踏み出した一歩はきっと面白い世界を見せてくれる。
帰宅してから自分に言い聞かせるようにそんなことを思っていると、ラーメン屋の狭くて細長い店内を往復していた頃の自分の姿を思い出した。


本日の1曲
Somewhere There’s A Feather / odani misako・ta-ta

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