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ひとりっ子は雨ニモ負ケズ

ひとりっ子は遊びにも工夫がいる。天気の良い日は友達と集まって公園の遊具で遊んだり自転車レースをすることが出来るが、ドンヨリとした雨の日には家で時間を潰さなければいけない。幼い頃は様々なひとり遊びで雨の日をしのいでいた。

ひとりジャンケンはシンプルでありながら難易度が高い。始める前は頭の中を真っ白の状態にしなければならない。正しくグー・チョキ・パーを出すのにもコツがいる。勝ち負けの思考が片手に偏るのを防ぐためにまず目をつぶって精神を統一する。そして「ぽんっ!ほいっ!!」と唾を飛ばしながら必死の形相で戦う(その声を聞いて子供の行く末を心配しただろう)。そしてそれぞれの手が勝った数を「正」の字で表にする。「やっぱり右手が強い」という結果にふむふむと妙に納得してみたりする。

父親が教えてくれたのはチェスだ。今ではすっかり忘れてしまったそのルールも小学生の頃には熟知していたと思われる。他にもオセロやドンジャラのようなボードゲームをプレイするときは盤を挟んで移動しながらそれぞれのプレイヤーになりきって策略を練る。それに相手側をプレイする時は先程練った「敵」の戦略を忘れ去る努力をしなければならない。小学生にしては高いハードルを課していたものだ。それはひとりぼっちの孤独なゲームだったが、何故かフェアプレイにはこだわりをみせていた自分である。

ひとりっ子だったせいか親は随分自分に甘かった。欲しいと言えば大抵のものは買って貰えた。当時はファミコン全盛期でプラスティックのボックスに収められたソフトの数は近所一の品揃えを誇っていた。学校から帰宅すると近所の子供が自分より先にファミコンで遊んでいることもあった。そして毎日何時間もゲームに興じていた。
今一歩の所で敵に敗れて記録が台無しになったりすると悔しくてしょうがない。我が家のコントローラーには悔しさの証の歯形がいくつも刻まれていた。

当時はひとりっ子の数は少なかった。周りを見てもクラスでひとりっ子の子供は数人しかいなかった。羨ましいわけではなかった。ただ、家族の中で一番歳の近い父親でも30歳近くの年の差があるということを当時もぼんやりと考えていた。
ある写真家が『僕は自宅にいても一人になりたくなることがよくあります。決して孤独が好きなわけではなく、むしろ寂しがり屋な方ですが、「自分の世界にこもりたい」というのは、一人っ子の典型的な行動パターンなのかもしれません。』とコラムに書いていたけれど、彼の言葉はひとりっ子の性質をよく言い表している。

そして周りを見ると東京でひとり暮らしをしている人は意外と少ないことに気付く。兄弟や親や友人と同居しているケースは多い。現実的な経済負担は大きいけれど、それでもひとり暮らしが快適なのはそんな理由もあるのだろうか。


本日の1曲
Big Me / Foo Fighters

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