平常心で言い放つ。

渋谷のとあるビルディングには妙なビジネス用語(らしきもの)が潜んでいる。ここは『マター』や『なるはや』が飛び交うオフィス。若者たちはその言葉を発するとき、はにかんだりもしいないし、してやったり、とも思わない。あくまで平常心で言い放つ。

その平常心は相手に通じないはずがないという前提の元に宿る。
他の皆はさして気にならないのかもしれないが、もはやその可笑しさは誤魔化しの利かないところまできてしまった。

この会社にも、春に大学を卒業したばかりの新入社員達がいる。スーツのポケットが飛び出ていたり、一番目立つところになんだかよくわからないシミをつけたりしているけれど、彼らは毎日意気揚々と出勤してくる。

新入社員達は業務に意欲的で、初めて聞くことへの興味が尽きないみたいだ。そして皆が「誰よりも早く一人前になりたい」と思っている。IT用語も、ビジネスマナーも、時には説教じみた ”人生を成功に導く方法” でさえも、与えられた知識はなんでもかんでも吸収していく。彼らは真っすぐな眼差しで相手を見据え、身をかがめては細かい字でメモをとる。

そうやって増えたとっておきの知識は新入社員同士でシェアしているみたいだ。彼らが集うSNSのコミュニティを覗くと、覚えたばかりの言葉が堂々と放出されていた。
中に『レバレッジの効いてる営業』というトピックがあった。トリッキーな見出しにそこはかとなく漂う前のめり感。覚えたばかりのビジネス用語で得られる優越感の類。

そうこうしているうちに新入社員達の日常会話はいつの間にかビジネス用語に侵食され、よくわからない会話が誕生する。
『ヒアリング口頭ベースでいいかな?』
『それさぁ・・・かーなりニッチだよ。』

ここで頻繁に使われている言葉のひとつに『そもそも論』がある。正しくない日本語の正しい使い方を探りたい。しかし、実際に使ってみたくてもどういうシーンが適しているのかすら判らない。『そもそも論ですがこちらの案件は、』とか『いわゆるそもそも論ですけどねぇ・・・』と聞こえた瞬間気もそぞろになり、そのあとに続く言葉が頭に入っていかないのだ。

その夜、強引に仕事を切り上げ同僚氏と一杯やっていると、話は彼の過去の恋愛話に及んだ。同僚氏は『マー、オレもいろんな経験を ”経て” るわけだよ。』と訳知り顔であった。

『へてへて論だね、ソレ。』と言うと、彼は『そーそ、へてへて論。』とニヤリと笑った。持つべきものはちょっとした可笑しさを共有できる同僚だ。へてへて論ではありますが、彼はちょっと面白い青年である。


本日の1曲
Barely Legal / The Strokes


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