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見沢知廉

これまでの読書遍歴を明らかにするなら、それは見沢知廉抜きでは語れない。

初めて読んだのは大学生の頃で、『囚人狂時代』と『母と息子の囚人狂時代』だった。(新潮文庫刊:現在は絶版 ※2013年6月追記:リンクはAmazonの文庫中古品)
これはかつて、彼が殺人罪で刑務所に収艦されていた12年間の記録である。

全国指名手配ののち、出頭。当時23歳の見沢氏は少年刑務所を経て、凶悪犯や長期刑囚が送られる千葉刑務所に収監された。それゆえに、世間的に名の知れた有名事件の犯人と遭遇することもあり、作品中にもそういった”有名人”は度々登場する。この2冊は、刑務所の中の(時にコミカルな)ルポタージュと、言えなくもない。

しかしそこで、孤独な囚人の閉ざされた生活を知った。冷静で客観的なルポタージュの合間に、普通に生活することへのどうしようもない憧れがふと現れる。特に見沢氏は、刑期の多くを問題囚が放り込まれる「厳正独房」で過ごしていた。

大学生だった当時は、幸福な若者の「絶望!絶望!」という連呼も聞き飽きていた。見沢氏が独白した生々しい絶望感はとてつもなく崇高なものに思えた。

見沢氏はインテリであり、相手を論破する膨大な知識も持っていただろうが、刑務所とはそんな高尚なものが通用するところではない。看守が黒と言えば、白いものでも黒になる。

『母と息子の囚人狂時代』に収められたエピソードの中に、特に印象的だったくだりがある。
刑務所内では、見沢氏のような政治犯は特に厳しく監視されるらしい。組織に連絡されてはなにかと不都合があるため、手紙の閲覧も念入りに行われていたようだ。
そこで見沢氏は、母との手紙に一工夫することを思いつく。手紙に暗号を織り交ぜ、刑務所内で手に入る限られた材料を使ってあぶり出しを用い、宅下げ(用済みの荷物を自宅へ送り返すこと)の書籍の背表紙を剥いで秘密文書を潜ませたりもした。

しかし問題は、その暗号や細工を母に知らせる方法がないことだった。面会室では同席した看守が会話の一字一句をメモしている。全ては母と息子の勘にかかっているのだ。
それでも母は暗号を解読し、あぶり出しにまで成功する。『なんとなくあぶってみたら文字が出てきた。』という母の勘には読者のみならず、見沢氏本人も驚愕したようである。

刑務所では、先の見えない閉塞感から発狂してしまう囚人もいる。夜の闇をつんざく奇声を聞きながら、必死に正気を保とうとする。
劣悪な環境と容赦ない体罰の中、見沢氏は獄中で小説を書き続ける。もはや文学だけが正気を保たせてくれ、それを受け取った母は手が動かなくなるまで原稿を清書し続けた。

発狂寸前の息子と、それを支える母。そうして母と二人で書き上げた小説「天皇ごっこ」は新日本文学賞を受賞する。その数カ月後、見沢氏は出所した。

出所後は、長期刑特有の拘禁症と戦い入退院を繰り返していたようだった。サブカルチャー系雑誌での特集や連載、トークショーへの出演。「2ちゃんねる」に実名で書き込む見沢氏を ”目撃” したこともあった。
ニューヨーク同時多発テロが起こった際は、直後から氏のホームページでは活発な議論が交わされていた。政治的背景を含む問答はほとんど意味が判らなかったけれど、興奮を抑えた文体ながら饒舌な見沢氏が印象的だった。

2005年初秋、インターネットのニュースで彼が投身自殺したことを知った。その時、モニタに向かって「あ」と大きな声をあげた。

とうとう一度も姿を見ることもなく、彼は逝ってしまった。初めて著作を読んだ時から、今の日本で絶望を語ることのできる数少ない小説家のひとりだと思ってきた。ぶっきらぼうな言い方ではあるけれど、自分の中には「死んだら悲しい他人」という存在がある。自分にとって、見沢氏は紛れもなくその一人だった。


本日の1曲
The Crowing / Coheed & Cambria


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▼ 見沢知廉プロフィール(一部『日本を撃て』より抜粋)

1959年、東京都文京区生まれ(本名高橋哲央)。裕福な家庭で、幼少時代から英才教育を受け早稲田中学へ進学。同高等部在学中、演壇で教育批判を行ったのち全教壇の破壊行為を行い、退学。のちに暴走族、新右翼過激派活動家の道へ。同時期に一家は離散する。

79年東京サミットに決起しない右翼に失望。80年より新右翼へ転向。82年米、ソ、英の関係施設への砲火や火炎瓶ゲリラを指揮。同年スパイ粛正事件で逮捕。殺人罪で懲役12年を言い渡される。

刑務所内では反抗の限りを尽くし、94年獄中で書いた小説『天皇ごっこ』が新日本文学賞を受賞。同年秋満期出所。

96年、獄中記『囚人狂時代』がベストセラーに。以降は政治活動を休業し、文筆活動に専念する。97年には『新潮』巻頭の『調律の帝国』が三島由紀夫賞候補になる。
05年自宅マンションより投身自殺。享年46歳。
現在はその著書の多くは絶版になっている。

▼ 見沢知廉公式サイト[Web Chiren]
※現在は閉鎖(2012年9月追記)

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