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ポタリング・トーキョー 〜ブンガクするは、冬の鎌倉編〜


まだ昼前の鎌倉駅に降り立つと、改札の向こうに自転車を引いた友人が待っていた。彼女が鎌倉に引っ越して数年、もうすっかり鎌倉の人になったみたいに見える。
アパートに立ち寄ると、彼女は錆だらけの自転車に空気を入れ、自転車が2台あるからと真っ赤な自転車を与えてくれた。

初めて通る道も自転車で走ると親しみが沸いてくる。「大仏行き」の路面バスが往来する通りを走ると、ほどなくして鎌倉文学館に続く山道に到着。頭上を黄色やらオレンジやらの美しい紅葉が覆い、着物を着た御婦人も携帯電話を天にかざして写真におさめていた。

文学館の建物内部には、古い書物の匂いが漂っていた。
鎌倉は文士達が好んで住んだ場所であり、今も昔も文学人ゆかりの土地のようだ。(思えば、夏目漱石の『こころ』でも「私」が「先生」と出会ったのは鎌倉だった)

鎌倉文学館では現在、詩人・中原中也の企画展が開催されていて、この催しこそが今回鎌倉に出掛ける主な理由となった。今年は彼の生誕100周年にあたり、各地で催し物が(おそらくひっそりと)行われている。

展示室には写真や原稿をはじめ、実際に使用していた創作ノートや知人宛ての手紙などが時系列に並んでいる。それらは30歳で永逝した詩人の存在を確かに感じさせ、ひとつひとつを凝視した。
細かな字で書かれた書簡からは彼の性格が伺えたし、愛息を亡くした直後に書かれた見乱れた文字の散文には特別な思いを抱かずにいられなかった。

また中也作品を語る上で欠くことのできない女性、長谷川泰子氏が1993年まで存命だったことや、上京した彼が一時期をここ高円寺で過ごしていたという事実も初めて知ることができた。
ブンガクの余韻に浸った我々は、テムポ正しく鎌倉駅方面に向かったのである。

道を行くとすれ違いざまに英語の会話が耳に入る。ハキモノ店の貼り紙を見て、今更ながら鎌倉が観光地であることを実感した。
鶴岡八幡宮の参道に続く若宮大路に出ると、大きくて細い車輪の人力車が絶妙なバランスを保ちながら駆けていく。道を行くと鶴岡八幡宮の鳥居が現れ、その両脇に愛嬌のある顔の狛犬が空に吠えていた。

午後の鎌倉駅周辺は観光客で賑わう。店頭でせんべいやソフトクリームを売る店には列ができ、店内の豆菓子や漬け物を試食できる店には人だかりが出来ていた。

食事をすませ、陽の落ちかかった時刻に鶴岡八幡宮に向かった。木の幹に隠れ待ち伏せていた甥に源 実朝が殺害されたという大銀杏を見上げてから、大石段を上り本宮へ向かう。
賽銭を投げたあと、おみくじで「凶」を引く。なんだかおみくじを引くたびに、”要するに、ものは考えようなんです。” と言われている気がするのは自分だけか。存分に拡大解釈をでっち上げてから、紐にくくりつけた。

我々は閉店間際の土屋鞄製作所に行き、昼間見て気に入った革の名刺入れをそれぞれに購入した。
鎌倉は夜が早い。20時にもなればたいていの店は閉まってしまう。友人氏は「昼間起きてないと何も出来ない。」と言っていたけれど、(熱効率の良い街だなぁ)と感心してしまった。


本日の1曲
SHOU-RYU / Studio Apartment

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