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僕らが語るべき時

予備校から大学まで、同じ学校で過ごした友人と久々に電話で会話した翌朝。彼からブログ運営の相談を受けた。彼はこのブログの読者でもあり、長年の友人でもある。東京に来てから10年が経ち、東京で出会った友人を”長年”と形容してもよい頃になったのではないかと思う。

東京に集まるそれぞれの故郷を持った人々、それぞれの考えを持った人々。上京してからの生活はそれまでとは価値観を一変させる刺激に満ちた生活だった。
しかしそのうち東京での生活に慣れ、一通り免疫が出来ると残すは自己の更なる構築のみ。
構築?分かち合うことをせずに?本当にそれだけでよいのだろうか?

友人について意外と知らないこともある。例えば彼を触発したある出来事、彼女の暮らしのあるエピソード。それが知りたい。読む毎に人となりが見えてくるような、そんな文章を読みたい。

記事の感想を直接伝えてくれる知人もいれば、否定的な言葉を聞くことだってある。よく知る友人でもアクセスしない人もいるし、実際に会ったこともない人からコメントが寄せられることもある。(これは本当に嬉しい)
それらは発信しているからこそ得られるレスポンスで、今の自分にとってはとてつもなく意味のあるものなんじゃないかと、そう思う。

自らを語ろうとしている大切な友人の提案を断る理由はなかった。すぐにページを作成し、彼に発言の場を提供した。そのブログがどこまで彼の理想にたどり着けるのかは今の時点ではまだわからないけれど、彼は彼のスタイルでやり続けて欲しいと思う。

多くの人に向けて発信することは尊い。たかがブログで、と思う人もいるかもしれないけれどブログを始めて再認識したことは沢山ある。
難しい言葉で語らなくてもいい。そこに難解な文章など必要ない。思ったことを口にすることができなければ、そのうち何も語れなくなる。


本日の1曲
Perfect Situation / Weezer

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