午前8時の沈黙

ドアが開いた時、ホームから見る沈黙の集団は結構恐ろしい。
ホームに滑り込んでくる電車は既に満員で、車両の中からは沢山の視線が彷徨っている。皆が無になって我慢している寡黙な空間だ。
高円寺で降りる人はほとんどいない。怪訝そうな顔をした(ように見える)大勢の乗客の中に体をのめりこませる。

その日はなかなか上手くいかなかった。車両に背を向け、後ろ向きになって上半身を電車に突っ込む。これは東京のラッシュを経験して習得した満員電車の乗り方だ。
普段は扉の上部に手を掛けるがあまりにも満員で手が届かなかった。車内から押し出される圧力に逆らえず、閉まりかけのドアは両肩にぶつかった。まだ体の8割はホームに出ている状態で。

なんとか体を車両に押し込めようと踏ん張る。次の電車も待ってもきっと同じような状態だろう。しかしこの日はなかなかハードだった。いくら踏ん張っても体が車両に収まらない。時々駅員が渾身の力で乗客を押し込んでいる光景を見る。自分もあんな風に車両に押し込まれるのだろうか?
自意識が頭をかすめた瞬間、見かねた他の乗客の協力によって体が引き込まれ、扉が閉まった。

窓は熱気で曇り、顔が近すぎるせいで目の前の広告がなんの広告なのかもわからない。高円寺〜新宿間は中央線で2駅、総武線で4駅。線路は平行して走り、停車駅の多い総武線は中央線より若干空いている。しかし乗車時間が数分長い。苦しいことは早く終わらせたい一心で中央線に乗り続けている。

混雑した車内で親密に会話をする”勤め人カップル”や、冤罪を恐れた中年男性の”バンザイ”などを視界に納めつつ、息を潜める。
満員電車の窓に張付いていると、扉の強度が不安になってくる。カーブを耐える革靴やヒールの音が鈍く聞こえる。乗客の圧力で鉄の扉が外れてしまえば線路に放り出されるだろう。

新宿駅構内を突破するまでに、日中の倍の時間が掛かる。電車から吐き出された人々が階段になだれ込み、はじき出されたように目的地へ向かって歩いていく。それは縦横無尽に人々が行き交う巨大交差点のようでもある。
ザッザッと軍隊の行進よろしく、皆が街道を勇み足で歩く。まだ半分眠った街を起こす業務につくために。


本日の1曲
Banquet / Bloc Party


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