ストリートの店長

一日中家に居ると様々な音が聞こえてくる。すぐ下の道を通る人々の話し声や、時折通り過ぎるバイクや車の音。豆腐を売り歩く笛や便利屋のトラックの宣伝テープ。
そこにまたひとつ新たな街の音が加わった。客を呼び込む古着屋の店長の声だ。

引っ越してきた当初、このマンションの2階は古着屋の倉庫になっていた。しかし昨年の夏に騒々しい改装工事が始まり、1ヶ月後には2階にも店舗がオープンした。1階で営業していた古着屋が、店舗スペースを大幅に拡大したのだった。

『どうぞ2階の方にもありますんで見てくださいっ』
ものすごく早口なため、ほとんど何と言っているのか聞き取れない。注意深く耳を澄ませ、何度もリスニングにトライしてようやく理解できた。
掛け声は人が通りかかる度に繰り返される。したがって、人通りの多くなる週末になると一層間隔が狭くなる。15時過ぎの彼はとても忙しそうだ。言い終わらないうちに同じ文言の文頭を繰り返している。

通りから店舗を除くと、奥に階段が見える。1階の売り場面積は広いとは言えず、この店のメインは2階だと言ってもいいだろう。彼がアピールしたいのは昨夏にオープンした店の2階であるようだ。雑居ビルの2階まで、お客を上げるのは大変だと聞いたことがある。

呼び掛けは洋服店ではありふれた行為だ。ショッピングビルやデパートでは、『御覧くださいまさー』と「せ」よりは「さ」に近いような奇妙な発音で客寄せが行われているが、古着屋の客寄せを聞いたのは初めてだった。
改装工事は始まった時は(古着屋も意外と儲かるんだナ)と思った。古着屋激戦区の高円寺で店舗を拡大するなんて景気がいい。

彼が店長であるかは実は知らない。しかし一日中道端に立って、通行人に呼び込みを続ける彼はきっと店長だろう。何らかの心境の変化か、切迫する売り上げ事情を考慮してかわからないが、唐突にそれは始まった。(もう少しゆっくり言えば効果も上がるかもしれない)
一ヶ月ほど前から始まった彼の声も、今では我が家に聞こえてくる街の音のひとつになった。


本日の1曲
Alternative Plans / ELLEGARDEN



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9/3 『古着屋の若者たち


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