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仕事で役立つメモ.txt

今の会社に入るまで、Excelに触ったことがなかった。不慣れなソフトを克服するために、会社のパソコンのデスクトップには『仕事で役立つメモ.txt』というファイルがある。同じことを二度聞かなくても済むように、教えてもらったことをどんどん上書きしていくメモだ。

同じチームの同僚氏は、器用にExcelを使いこなしている。わからないことを彼に質問すれば、たいていその場で解決してしまうくらいだ。
しかし彼にも長らく解決できていない問題があった。Excelの「区切り位置」の問題である。

「区切り位置」とは、指定した文字や記号で文字列を分割する機能。例えばURLを「.(ドット)」で区切れば、「 http://living-tokyo 」と「 com 」を二つに分けることができ、大量のURLのドメイン統計も簡単に調べることができる。

しかしどういうわけか、パソコンを起動して初めて「区切り位置」の命令を下す時、一度目が空振りに終わる確率が高い。続けて同じ操作をすると二度目にはちゃんと操作が完了する。要するに一日に一度は「区切り位置」の完了ボタンを押しても、Excelのデータに何も起こらず、何も完了しない。

頼れる同僚氏に聞いてみたけれど、それは彼も同じみたいだった。我々は首をひねった。そうして「区切り位置」が初回に機能しないことについては、長く未解決なままだった。

「tasoさんわかりましたよ!!」
ある日の午後、同僚氏は突然そう言った。確信に満ちた表情でこちらを見据えている。彼は区切り位置問題に終止符を打つ、なんらかの技を習得したらしい。

これまでにいくつものテクニックを教えてもらった。時間がかかって仕方なかったデータ処理も、彼の教えに従えばあっという間に片付いてしまう。そんな彼なら、きっとこちらが驚くようなテクニックを見つけたに違いなかった。早く知りたくて身を乗り出した。

「それはですね・・・、グッと押すんです!!」
彼は “グッ” に力を込めて言った。表情は妙な達成感に包まれ、口が真一文字になっていた。大真面目に言い放つ彼は最高に妙だった。説得力は無いかもしれないが、間違いなく面白かった。どこかから「IT企業にあるまじき精神論。」という声が聞こえた。

次の日、彼の教えに従って “グッ” と押してみたけれど、やはり結果は同じだった。それを告げると、同僚氏は信じられないという顔で「それはおかしいですね!」と大袈裟に首を傾げた。

「・・・・ここでグッ!と押す・・・ホラ!できるじゃないですか!」
またしても彼は誇らしげだった。そして効果検証に成功した彼は満足げにどこかへ行ってしまった。

後日、サーバーエラーでアクセスを拒否された彼は、今度は勢いよくキーボードを叩いてパスワードを入力していた。彼の跳ね上げた右手が視界に入った。(その時は彼の気合いが通じなかったみたいだった)

IT企業にそぐわない精神論。気合いでなんとかしてやろうという根拠無き暴走。
その発想は結構チャーミングだけれど、「グッと押す」と「勢いよく叩く」が『仕事で役立つメモ.txt』に書き足されることはなかった。


本日の1曲
One Shot / Yuppie Flu


星をあやつる

【校正】こう-せい
[名]スル
1. 校正刷りと原稿とを照合するなどして文字や内容の誤りを正し、体裁を整えること。

通勤に利用している山手線の車両モニタに、時々占いが流れる。電車を降りたら結果なんて忘れてしまうくせに、自分の星座の順番がやってくる前に降車するのはなんだか歯痒い。ドア付近に立っている他の乗客達も「今日の運勢」が映し出されると、それを見つめているような気がする。

今日は入稿がいくつか重なっているから、いつもに増して忙しいかもしれない。一体何時に帰れるんだろう?

編集部の僕には、原稿執筆と校正の仕事が待っている。最近担当したとある占い企画は、読者に評判が良くて、ブログでも結構話題になったみたいだった。
大手代理店の担当者も上機嫌で、インフルエンザにかかりながら苦し紛れに考えた次の企画もあっさり通ってしまった。社内で表彰もされ、僕はリボンのついたトロフィーを手に入れた。

でも、その占いの診断に一喜一憂する人達を見ると、僕は少し困惑する。占いを校正したのはこの僕だからだ。

それが文章である限り他の原稿と同様に手を入れなくてはならない。本来、校正は文章を読みやすくするためのものだけれど、言葉を置き換えることでオリジナルのニュアンスが失われてしまうことだってある。占いだって例外ではない。

この会社に入る前、そこら中で目にする「占い」は、もっと適当にでっち上げられていると思っていた。占いのできるライターなのか、モノを書ける占い師なのか素性はわからないけれど、会社が契約しているライター達は決まった納品日に来月の運勢をEメールで送ってくる。彼らはそれぞれにロジックを持ち、“それなりに真っ当な” 結果をはじき出しているみたいだ。

けれども提出した文章について、クライアントに大胆な内容変更を要求されることもある。前回の結果と似たようなものであってはいけないとか、最下位になってしまった人にも何か救いになるような言葉を足してほしいとか。全体的に暗いからもっと明るい感じにして欲しい、と言われることだってある。

占いなんだから仕方ないんじゃないか?と内心思う。
入社したての頃、僕は全く違う結果になってしまった原稿を前に途方に暮れた。そんな困った事態を上司に相談したけれど、彼は「クライアントが言ってるなら仕方ないよ。」とだけ言ってさっさと取材に出掛けてしまった。

もしその占いが乙女座の人達にとって有効であっても、牡牛座の人が嘆いてはいけない。 希望は平等に与えられなければいけない。
全ての星座に平等な愛と希望を!

僕は今日も自分の机で、星の数を増やしたり減らしたりする。“金運” を減らしたり、“恋愛運” を上げたりすることだってできるわけで、こうやって二本の指で煙草をつまんで吸いながら前回の結果を思い出している。


本日の1曲
Today / Smashing Pumpkins



ほぼ日手帳にバタフライストッパーあり!の巻


2008年版のほぼ日手帳のラインナップが発表されたのは去年の9月。そのあたりからインターネット上のあちらこちらで、ほぼ日手帳についての書き込みを見掛けるようになった。ついでに言うと、「ほぼ日手帳」というキーワードでここを訪れる人も増えてきた。

ほぼ日手帳は「ほぼ日刊イトイ新聞」が販売している年間スケジュール帳のこと。毎年少しずつ改良を重ね、今年で発売6年目を迎えた。ホームページと、全国のロフトのみでの販売ながら、愛用者が急増中の看板商品である。


手帳本体の数ある工夫もさることながら、カバーの豊富さも特長で、2008年版は素材や柄の異なるカバーが30種類も発売された。

オプション品(「すてきな文房具」)と組み合わせて使ったり、カバーをアレンジしてみたり。使う人がカスタマイズしやすい手帳だから、ユーザーは語りたいことが沢山ある。それにこれから手帳を使おうとする人は皆の使い方を参考にしたいと思う。そんな風に、語り口が沢山ある珍しい手帳なんじゃないかと思う。
そんなわけで、まだ暑さの残る時期からほぼ日手帳ファンは来年の手帳のことを語っていた。

喜ばしいことに2008年版のラインナップにヌメ革のカバーがあった。
「ヌメ革好き」を自覚したのはいつだろう? 今やペンケースも名刺入れも定期入れも文庫本カバーもトートバッグも、ヌメ革のものを選んでいる。

色や手触りの変化は革製品の楽しみを実感させてくれるし、汚れすら「味わい」に変化してくれるありがたい素材でもある。ヌメ革を使い込む楽しみは、オリジナルデニムのそれときっと同じなのだ。

ヌメ革カバーの復活に喜ぶ一方で、その価格にやや躊躇してしまう。プレミアムと名付けられている通り、手帳本体とカバーのセット価格は1万円と結構お高い。
手帳売場に行けば、これより安いヌメ革カバーがあるかなぁ、などとヨコシマなことを考える。ほぼ日手帳のサイズなら文庫本カバーでも代用することができるからだ。

だけどきっと、最終的にはほぼ日手帳オリジナルのプレミアムヌメ革カバーを手に入れてしまうはずだった。なぜなら、他のカバーには世にも素敵な「バタフライストッパー」が無いからだ。

集計したアンケートを見ると、「ペン差しにペンが差しにくい」という声と「カバンの中でパカッと開いてしまいます。何とかなりませんか?」という意見が目立った、スタッフで検討し、ペン差しを改良するとともに、ゴムバンドをつける、ボタンで留めるといったアイデアが出されたが、「見た目がほぼ日手帳に合わない」といった理由から、採用するには至らなかった。
そんな中、スタッフの一人から、ボールペンをカバーについたホルダーに差すことによって、勝手に手帳が開かないように留めるアイデアが出される。この、ペン差しと留め具の問題を一度に解決する策に、全員が賛成。蝶番方式を採用していることから、糸井氏が「バタフライストッパー」と命名した。
___『ほぼ日手帳の秘密 14万人が使って14万人がつくる手帳。』より

■2013年9月追記:最新版はこちら
『ほぼ日手帳公式ガイドブック2014 ことしのわたしは、たのしい。』



バタフライストッパーは手帳のデザインを損なわないどころか、それ自体がデザインとしても完成度が高い。
今では、同じサイズの手帳を見た時、無意識に小口を確認してしまうようになった。バタフライストッパーがはほぼ日手帳のシンボルでもある。

機能的で、かっこいい。加えてオリジナリティもある。バタフライストッパーはデザインそのものみたいに感じられる。
そんな素晴らしい発明のおかげで、やっぱり今年もカバー共々ほぼ日手帳を使うことにしたのだった。


本日の1曲
Pure / Asparagus


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>>5年目のヌメ革カバーの様子はこちら!>>
2012/05/30 『ほぼ日手帳〜5年目のヌメ革カバー』(デイ・バイ・デイ)

【日経トレンディネット】 
2007年11月21日「ほぼ日手帳」 人気の秘密教えます 糸井重里インタビュー


『ボロボロになった人へ』






リリー・フランキー/著
¥520(幻冬舎文庫)


そういえば前日に一緒に酒を飲んだ彼はリリー・フランキーが好きだと言っていた。その日、目当ての本は見つからなかったけれど、替わりにこれを読んでみようと思った。

このタイトルはあまりにも率直で恥ずかしい。背表紙に手をかけて書店の棚から抜き取れば、周りの人に自分の弱音が聞こえてしまいそうな気がする。

6つの短編に登場する人々は、性別も年齢も立場も異なる、傷ついて諦めて投げやりになった人達だった。どこかに向かえば今とは違う「なにか」が見つかるのかもしれない。小説の中のボロボロになった人はそんな期待を抱いていた。

なりたい自分とか、こうなっているはずだった自分。そして、そんな風に無邪気に理想を語る気にもなれなくなった今の自分。

かつての自分が想像していた「いま」はこんなはずじゃなかったはずだった。なんだか勝手が違うなぁと思いながら毎日を過ごして、見栄えだけが良い社会のシステムに閉口する。順応できない自分をぼやいて、ぼやいている自分のダサさに嫌気がさす。
もし違う環境に身を置いてみたとしたら、人は変わることができるだろうか?

この小説の主人公達もそう思っていた。四方を塞がれた人が取る行動は奇妙だけれど、本人はそれに気付いてもいない。その描写に人間の滑稽さや悲しさが滲んでいる。

その昔、高校生の時に手に入れたのは、全く新しい「ものさし」だった。今考えてみれば、自我の目覚めというやつかもしれない。
それはこれまでに教わったこととは随分違っていたし、同級生とも少しズレているような気がしたけれど、「ものさし」を使えば、必要なものとそうじゃないものは簡単に区別することが出来た。

“一般的に” 美しくないとされているものは美しく、淀んだ感情こそが澄み切った希望を表しているような直感がした。突如やってきた覚醒は、新たな美意識を与えてくれ、自分が抱えていたコンプレックスをも飲み込んでしまった。美しくありたいならば悩まなくてはいけない、そう思った。

しかし「悩み」を「美しい」とくくってはみたものの、いざ自分に悩みが降りかかるとどうも勝手が違っていた。
ひとりで鬱屈と佇む姿を一体誰が見ていてくれるというのだろう?

人前でやっと口にした寂しささえ、他の客の馬鹿笑いで消えてしまう。孤独を口にすれば、それは一層深くなっていった。それは先にやってきてしまった覚醒に自分自身がついていけないという奇妙な感覚だった。なりたい自分は明確にあるのに、それについていけない。

あの頃の覚醒は実にシンプルで、言い逃れのできない説得力があった。けれども、守りの習慣が一度形成されてしまうと、そこからは簡単に逃れることができなくなってしまう。高校生が知らなかったことは、美意識を全うするのは容易ではないということだった。

自尊心、優越感、自分は皆と違うなにかを持っていると信じる気持ち。本来ならば持っていて良いはずの意思に、人は悩まされてしまう。
誰かに求められたい。大丈夫だと言って頭を撫でてほしい。だから口にできない弱さを見透かされたようで、こんなにこの本のタイトルが恥ずかしいのかもしれない。


本日の1曲
Crooked Teeth / Death Cab For Cutie





彼の個人的な足跡

フリーメールのメールボックスを何気なくページ送りしていたら、開封し忘れていたメールを見つけた。昨年9月に受信したそのメールは、上下をスパムメールに挟まれ、上目遣いでこっちを見ているみたいだった。

このブログで公開しているメールアドレスには、時々読者からのメールが届く。記事の感想や最近の近況など、丁寧に書かれたメールを読んでいると、人々が自分に向けてくれた誠実さがじんわりと染みてくる。中には本文さながらの長文メールもあって面白く読ませていただいている。

ブログを運営している人ならわかっていただけると思うけれど、ブログは読者の存在がなかなか表に現れない。律儀に廻るカウンターの数値を見ただけでは、文章が「実際に」どれほど読まれているかはわからないからだ。
それに記事を閲覧した人のうち、実際にコメントを書き込む人の割合は数パーセントと言われている。少ないように思える数値もアクセスログと照合すればつじつまが合う。ブログを初めてみて、人々の反応を知ることが思っていたよりも困難なことを知った。

だから、少しでも何かを伝えたいと思ってくれた人がいたならば、その気持ちを逃したくないと思った。コメントを書き込むのにためらう人がいるかもしれないからと、プロフィール欄にメールアドレスを載せた。そしてこれまでにいくつかの私信を受け取り、その全てに返事を書いてきた。

ところで、以前導入していた解析ツールには、都道府県別の訪問者を表すグラフがあった。やや関東圏に集中しているものの、ぽつぽつと全国の県名が並んでいる。

「都道府県」のグラフを眺めていると不思議な気分になる。「検索ワード」や「使用ブラウザ」は、サイトを活性化するのに役立つデータではあるけれど少々味気ない。それに比べて「都道府県」別の訪問者数は、その人の生活と結び付く個人的な足跡に思えた。

そこはどんな天気なんだろう。
自宅の窓から何が見えるんだろう。
その街には何色の電車が走っているんだろう。
並んだ地名を眺めていると、そんなことをつい考えてしまう。

ある日グラフの中に「沖縄」という文字を見掛けた。他の地名よりもなんだか目立ってしまう沖縄県。都会の人々はその地名を口にする時、目を細めて憧れの表情をつくる。もちろん自分だって例外ではない。
その日以降「沖縄」は何度かグラフの中に現れた。マウスで選択して反転した「沖縄」を見つめながら、もしかすると沖縄にいる誰かが「定期的に」訪れてくれているのかもしれないと思った。そう思うと不思議な気分になった。

はじめまして。僕は沖縄に生息してます。 あなたのファンです。

スパムに埋もれていたのは、沖縄から送信されていたメールだった。メールにはこのブログを訪れた経緯や、読んだ記事の感想などが書かれていた。
まるで解析画面に存在していた「沖縄」という文字が急に喋り出したみたいだった。やはり沖縄に読者はいて、やっぱり不思議な気分になった。

今日、『リヴィング・トーキョー』は開設2周年を迎えた。昨年転職してからは以前のようなペースで記事を更新できなくなってしまったけれど、それでも時々様子を見に来てくれる人がいることがとても嬉しい。

このブログは、頻繁に会うことのない友人達への近況報告でもあり、膨大な自己紹介でもある。400以上書いた記事を眺めれば、どれも紛れもなく自分の断片であることを実感する。
Webという巨大の網の中に彷徨っているちっぽけなこのブログ。思いつきで始めたにも関わらず、今では多くの人とのコミュニケーションを叶えてくれる大切な場所になった。

いつも話題を与えてくれる個性豊かな友人達や、コメントで参加してくれた全ての人達。毎日読者を呼び込んでくれる賢くて気まぐれな検索ロボット氏にも感謝しなくてはならない。もちろん、誠実なメールをくれた沖縄の彼と、全国に少しはいるであろうまだ見ぬ読者の方々へも。


本日の1曲
Angel Of Harlem / U2




The Pillows “KOENJI HIGH GRAND OPEN” LIVE @高円寺HIGH


自宅を出ると、目の前の通りをPillowsのTシャツを来た人達が足早に歩いていた。今夜のライブ会場は自宅から近い。歩道を行けばライブハウス前に既に人だかりが出来ているのが見える。いよいよ高円寺HIGHthe pillowsがやってきたのだ。

おそらく今夜のライブの整理番号は200数十番まで発行されている。建物の中に入ると正面にロッカースペースがあり、左手の階段から地下のフロアに降りるようになっていた。客が入り切っても少し余裕があったから、300人くらいは入れるかもしれない。
山中氏が「高円寺らしからぬゴージャスなライブハウス」と言ったように、フロアの天井は高く、まだ新築の臭いが残っていた。広くはないもののちゃんと2階席まである。

客電が落ち、聞き慣れたSEに切り替わると、いつものタイミングでメンバーが登場し、大きな歓声に迎えられた。山中氏はステージの端からオーディエンスに向かって腕を差し出した。前方6〜7列目ながらあわや指先の触れる近さに驚く。

「今日はファンクラブなんだよなぁ?なーんだ、俺たちのこと大好きなんじゃねぇか!」
「PillowsTシャツ着てるの100パーセントに近いんじゃないか・・・? あ!?お前違うな!」

間違いなく今までに見たthe pillowsのライブの中で最小のハコ。前回参戦したZEPP TOKYOのキャパシティが約5,000人だとすると、そのフロントエリアだけを四角く切り取ったようなコンパクトさ。真鍋氏の肩が山中氏のギターネックに触れそうだ。

MCで山中氏は「いつもより適当で手を抜いたセットリスト」と笑った。確かに各アルバムやシングルからピックアップされた今夜のセットリストはきっちり収録曲順になっているけれど、『Smile』と『Thank you, my twilight』両アルバムが選ばれていたのは嬉しかった。

それに今日は気心知れた仲間達を集めたようなもの。知らぬ曲はないほど皆音源は聴き込んでいるはずで、「手抜き」のセットリストもどこから何をぶつけても不安がないという確信の表れのような気がした。今日の会場は終始、身内同士のような安心感に包まれていたと思う。

大晦日にthe pillows恒例のカウントダウンライブを行ったものの、それ以降は初めてのライブになる。新年らしく「今年の抱負」を述べる場面もあった。それぞれの宣言がまた笑いを誘う。

「そろそろpillowsに入りたい。」(鈴木:サポートメンバー)
「シンイチロウ君の美味しいパスタをまた食べたい。」(真鍋)
「ステージに布団を敷いて寝たい。」(佐藤)
「チューニングが早くできるようになりたい。」(山中)

ギターの真鍋氏は、「高円寺は思い出深い場所です。」と始める。当時高円寺に住んでいたドラムの佐藤氏の部屋で、the pillowsに加入することを決めたという。あらためてそのエピソードを聞くと、やっぱり嬉しくなる。

アンコールの “No Substance” のイントロで盛り上がりは最高潮に達し、後方から続々と人がなだれ込んでくる。アルバム未収録曲で最高の盛り上がりを見せるというのも今夜ならではの光景かもしれない。

真冬にも関わらずTシャツ姿で新築のビルに群がる若者達を見て、通行人のおじさんも「何があるの?」と声を掛けてくる。週末は若者が行き交うこのあたりでも、こんな人だかりは滅多に見かけない。
今夜は大好きなバンドが近所にやってきた、ちょっと不思議で楽しい夜だった。

SETLIST

01.Good Morning Good News
02.Waiting At The Busstop
03.この世の果てまで
04.Monster C.C
05.Rain Brain
06.ビスケットハンマー
07.バビロン 天使の詩
08.Ladybird girl
09.And Hello!
10.Tokyo Bumbi
11.Go! Go! Jupiter
12.Across The Metropolis
13.MY FOOT
14.ROCK’N’ROLL SINNERS
15.空中レジスター
16.Wake up! dodo
17.YOUNGSTER (Kent Arrow)
18.プロポーズ
19.スケアクロウ
-Encore1-
20.Sleepy Head
-Encore2-
21.No Substance


本日の1曲
Tokyo Bambi / The Pillows

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>>connection archive >>
2007/12/16 『The Pillows “TOUR LOSTMAN GO TO YESTERDAY” @Zepp Tokyo
2007/10/09 『The Pillows “Wake up! Tour” @Zepp Tokyo
2007/08/15 『The Pillows 〜SUMMER SONIC 07〜 @Island Stage
2007/07/23 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 O-EAST
2007/06/13 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 CLUB QUATTRO
2006/12/16 『The Pillows TOUR “LOSTMAN GO TO CITY” @SHIBUYA-AX
2006/09/07 『The Pillows 〜音楽と人 presents Music & People EXTRA 2!〜 @STUDIO COAST
2006/02/13 『The Pillows


カラス飛ぶ


国道沿いのドラッグストアに行った時、何か買うものがないかと電話をすると、祖母は白いタクアンが食べたいと言った。そして「クスリ屋にタクアンは無いよ」とお互い笑いあった。正月に帰省している間、そんな日常的なやりとりにいちいち感傷的になった。たとえ声を出して笑った後だとしても。

祖母が一人で住む母屋と、両親が再婚後に建てた家。静岡の実家は隣り合って二軒ある。上京するまで母屋に祖母と一緒に暮らし、長い間祖母が母親の代わりだった。
若い母親達に比べると祖母はやっぱり不利だった。小学生の頃、孫の風邪を心配して毎日替えの洋服を持たせ、授業参観の度に担任に着替えの手伝いをするように頼む祖母が嫌で仕方がなかった。中学生の頃は、煮物ばかりで色彩の乏しい弁当箱を開けることが恥ずかしかった。

4年前、関西で生まれ育った従兄弟が神奈川で一人暮しを始めた。彼は大学が休みに入るとドライブがてらこの家にやってくるみたいだった。
かつてはピアノの音や犬の鳴き声がしていた家族の家。家族が行き交っていた日当たりの良い部屋も、今では年中シャッターに閉ざされ、年に数回やってくる彼が使うだけの部屋になってしまった。

仕事を理由に正月に一度帰省するだけになった自分と、時々やってくる従兄弟と、祖母。揃ってダイニングテーブルに腰掛けると祖母が嬉しそうな顔をするので、食事が済んでも席を離れてはいけないような気になった。ストーブの上でシューシューいうヤカンの音を聞きながら我々はお茶を飲み、正月のお笑い番組を見た。

部屋のベッドに横になっていると、時折廊下から聞き慣れない音がした。それは足を引きずりながら歩いてくる祖母の足音と、板張りの廊下に鈍く響く杖の音だった。祖母が杖をついているところを初めて見た冬だった。

祖母は以前から老いることを嫌っていた。口癖のように「老人にはなりたくないねぇ」と言っていた。だから杖をついたり、寝る前に紙おむつの支度をする祖母を見てはいけないような気がした。祖母にやってきた老いを認めたくなくて、無愛想に部屋のドアを閉めた。

ある日外から帰宅すると、祖母はとても満足そうな顔をして、従兄弟の運転する車で病院に行ってきたと言った。彼はいつも祖母の身体を支えたり、着替えを手伝っていた。
正直に言うと、いつもファッションブランドや社会人の平均年収の話ばかりする彼を疎ましく思うこともあった。そんなことばかり考えて何になる?そう言ったこともある。

従兄弟が神奈川の自宅に戻る日、渋滞を避けて早朝に出発するといっていたのに、彼は昼過ぎまで祖母の買い物のために市内を車で駆け回った。彼のほうがずっと、自分よりもずっと、祖母に向き合っているような気がして情けなくなった。

東京に戻る帰り際に祖母は、「あんたが帰ったらまた一人だよ」と微笑みながら言い、咄嗟に「こっちだって一人だよ」と言い返した。

ドラッグストアで買い物を済ませたあと、友人は夕暮れの空を見上げ、カラスが年々増えている気がすると言った。山の方角には何十羽のカラスが飛び回っていて、国道沿いの電線はカラスの重みでたわんでいた。

「東京もカラスが多いけど、こんな風景は久々に見たなあ。」
そう言うと、この町に暮らす家族のことや、徐々に変化する町の風景がまるで他人事のように響いてしまった。


本日の1曲
セブンスター / 中村一義


ポタリング・トーキョー 〜雨上がりの和田堀公園編〜



公園に到着し、自転車をひきながら歩いていると、斜面になった緑地で3匹の猫が日向ぼっこをしている。猫の姿を見たら近寄らないわけにはいかない。警戒心の強い野良猫には大抵逃げられてしまうけれど、今日はなんだか勝手が違うみたいだ。

こちらの姿を認めると、猫たちは自ら斜面を降りてきた。傍らの自転車にすり寄って、しゃがみ込めば肩に手を置いてくる。至極フレンドリーな奴等だった。猫たちの写真を撮ろうと立ち上がると一緒についてきて、なかなかシャッターが切れないほどだった。
遊歩道を通りかかる人々は猫たちに声を掛けていく。人々は猫たちを好き勝手な名前で呼んで、”会話”をしている。
『人なつこいんですね。』と言うとおじさん氏はにこにこと頷き、そのうちの一匹の頭を撫でながら『オマエ、風邪ひいたんじゃねぇか?』と猫氏に問いかけていた。

高円寺駅前通を南下し、青梅街道を渡る。五日市街道を西へ走り、住宅街を抜けると和田堀公園に到着する。善福寺川に沿って細長い緑道が続き、我が家からは自転車で15分くらいの距離である。

愛想の良い猫たちに一時別れを告げ、園内を散策する。売店の入り口から奥を窺うと、奥に釣堀が見えた。建物横に回ると10人くらいがのんびりと釣り糸を垂れていて、時折子供のはしゃぐ声が聞こえた。

午前中の雨でたっぷり水を吸った真っ黒な土壌は、日光に照らされてきらきらと光っている。足元は落ち葉が重なり合ってかさかさと音を立てる。空は薄い水色の冬の空で、花の香りに振り向くと梅の花が咲いていた。
ベンチでスケッチをするご老人、キャッチボールをする子供達。ご婦人はものすごく大きなカゴをつけた自転車を止めて、子供を遊ばせている。園内を散歩するたくさんの犬にもすれ違った。そんな風景を見ていると、近所に住んでいる人がちょっと羨ましくなった。

帰りがけに先程の猫たちの所に寄ってみると、まだ猫たちはそこにいた。すぐ前を自転車で走っていたおじさん氏も自転車を止めて猫たちに挨拶をしてから公園を出て行った。公園の入り口に住むこの猫たちは、有名なのだろう。
先程の猫たちの点呼をとっていると一匹が見あたらなかったが、見ると電話ボックスの中で眠っていた。

公園を出ると自転車のタイヤにはびっしりと泥がついていた。考えてみればこの自転車のタイヤに泥がついたのは今日が初めてかもしれない。


本日の1曲
虹の午後に / サニーデイ・サービス


我が家にiMacがやってきた!

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ディスプレイに本体が付属しているようなデザイン。20インチのワイドディスプレイにシルバーと黒のカラーコンビネーション。ニューモデルが発表されて3ヶ月、ついに我が家にiMacがやってきた。

歳末の新宿は買い物に繰り出した人で溢れていて、人々はいつもより少し高価なものを手に取っているように見えた。そういえば、前回Macを購入したのも7年前のクリスマスの日だったことを思い出す。

その夜、購入したiMacをそのまま持ち帰ることにした。外箱も入れれば10キロほどあるけれど、もはや明日や明後日の配送を待っている場合ではない。今夜だけはみんなに負けないプレゼントを手にした気になって電車を待つ。

道端で小休止を繰り返しながら自宅に到着。さっそく旧Power Macのデータのバックアップを開始し、買ったばかりのiMacを机に設置してみた。
今度のiMacはとにかく画面が広い。小さいほうの20インチですら、横幅は50センチ近くある。自宅の机に乗っかったiMacは売場で見るよりずっと大きく感じる。

そろそろと保護シートを剥がすと、つやつやのディスプレイが現れた。10:16のワイドスクリーンは、ウェブブラウジングには横幅が余るほど余裕である。(ちなみに文頭の写真も10:16)
ディスプレイと本体が一体となったオールインワンモデルなので、足下はすっきり。これまで机の脇でブンブンうなっていたPower Macに比べると、iMacは稼動の気配がしないほどに静かなことに驚く。

最新ソフトウェアを受け入れることが出来る最新のOSと贅沢なCPU。いつもページが重くて苦心していたページも「パキパキ」開いていく。
初めてコンピュータを起動するときは、あらゆる最新ソフトウェアのプレゼンテーションが始まるものだ。これまで頑なに断り続けてきたソフトウェアのアップデートも、『どんなモノでも入れたまえよ、君!』という大きな気持ちになってくる。

Mighty Mouseの独特なホイールタッチも癖になるし、最新OS「Leopard」も使い勝手がよく、わくわくする機能が満載である。iMacに付属していたリモコンでコンポにつなげたiPodを遠隔操作できるという、思わぬ快適をも手に入れてしまった。

今や、隣でひっそりと電源を落とす旧Macを使用していたことすら、にわかに信じがたい。そんな自分の順応力に半ば呆れながらも、起動からわずか数時間で元のMacには戻れない体になってしまった。


本日の1曲
Music Is My Hot, Hot Sex / CSS



The Pillows “TOUR LOSTMAN GO TO YESTERDAY” @Zepp Tokyo




『今日は随分古い曲もやるけど、ついてきてくれ』
vo.山中さわおは確認するかのように言い、それに応える大きな歓声は、明らかに普段のライブとは違う期待が込められていた。
ライブ会場にやってくる人々はいつも、「ライブであまり演奏されない古い曲」を期待しているものなのだ。

The Pillowsは先月、13年間在籍したキングレコード時代にリリースした全シングルを集めた「LOSTMAN GO TO YESTERDAY」を発売した。そのリリースを記念した東名阪ツアーともなれば、新旧織り交ぜたセットリストは必至だろう。

開始早々、“Rush”、“NO SELF CONTROL”、“Wonderful Sight” と、The Pillowsらしいオルタナナンバーが続き、ステージ左側の幾分控えめな位置に場所を取ったことを少し後悔する。すなわち、痒いところに手が届くような垂涎の選曲である。

”ノンフィクション” の曲間のブレイクから突如MCに突入。山中氏が最近買った『2000円から3000円というお値段も手頃な』腕時計が壊れ、『ちょうど9 時16分で』止まったらしい。The Pillowsの結成記念日(9月16日)はファンにはお馴染みだけれど、こうして皆が一斉に驚く姿はなんだかほほえましい。

すると『これはノンフィクションです。』と言い放ち、間髪入れずに演奏を再開する。そんな気まぐれな演出を楽しんでいるオーディエンスを見ると、ライブって面白いなとあらためて思う。

今年結成18年を迎えたThe Pillows、名曲も多いが「持ち歌」も多い。今夜の会場の反応を確かめるように差し出される「定番以外の」楽曲の数々。イントロが始まれば所々で感嘆の声が上がった。

そんな雰囲気の中、イントロのわずか数音目で、思わず友人氏と顔を見合わせたのは “白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター” 。黒いギターを持った赤い髪の少年は、そのまま若き日の山中自身の姿。上京する前、まだ北海道で暮らしていた頃を回想して書かれた曲だ。

呟くような歌い方とセンチメンタルなメロディーが、ひねくれた若者の鬱屈とした姿を想像させる。The Pillowsの楽曲の中でも、もっとも好きな曲のひとつだけれど、ライブではあまり演奏されないであろう楽曲でもある。CDでは幾度となく聴いた曲も、実際に体感するとまた一層胸が詰まる。一音も聴き逃したくない気になってステージを見つめた。

ところで、最近パーマをかけたらしい山中氏は、ヘアスタイルの加減にも注力しているみたいだった。セットした髪をいじりながら『・・・膨らんでるのか?』という(なんとも返しようのない)問い掛けをマイクで轟かせながら、いつもの調子で水を飲みギターをチューニングしている。

そして懐かしい曲を演奏し終えるたびに『イヤー、良い曲しか書かないなぁ』と、冗談めかして笑いを誘っていた。かと思えば、ふと真剣な表情で『こんなに沢山の人の前でやれて嬉しいよ。(昔の)曲のためにもなった、ありがとう。』と言ってみたりもする。

自分に強い自信を持てる人を羨ましく思う。しかし彼の場合、現在の揺るがない自信を手に入れるまでにどれだけの迷いや困難を経験してきたのだろう。
自分の価値なんて誰も判ってくれないと思っていた時代。なんでもひとりで抱え込んでいた青年は、長い時間をかけてメンバーと信頼関係を築き、そんな心情が反映された名曲が生まれていった。

今夜の “ONE LIFE” “Swanky Street” の流れは、The Pillowsというバンドのヒストリーをそのまま語っているかのようだった。それは強い意志を持って自分たちの音に辿り着いたバンドの音楽であり、メンバーがいる尊さをちゃんと自覚している音楽でもある。誰もが親密な仲間を持てるわけではないことも、彼らは知っているはずだ。
続く『ストレンジカメレオン』。定番曲でありながら色褪せもせず、聴くたびに山中さわおのシャウトが心を震わす。

本編終了後にたまらず目の前のバーをくぐりフロントエリアに潜り込む。アンコールでは、先週39歳の誕生日を迎えた山中氏が、でかでかと「39」とプリントされたTシャツを着て登場した。

『なんか楽しくなってきちゃった!』と缶ビールを勢いよく飲み、『曲数増やしてもいいかな!?』とステージから叫ぶ。
大喜びするオーディエンスに向かって『照明さんに言ったんだよ!』と笑い、さらに皆が沸き返った。まるで会場中がアフターパーティーのような盛り上がりだった。


SETLIST

01.TRIP DANCER
02.RUSH
03.NO SELF CONTROL
04.Wonderful Sight
05.Sleepy Head
06.ノンフィクション
07.HEART IS THERE
08.Nightmare
09.白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター
10.開かない扉の前で
11.Ninny
12.DAYDREAM WONDER
13.ガールフレンド
14.Tiny Boat
15.Tokyo Bambi
16.Ladybird girl
17.彼女は今日、
18.ONE LIFE
19.Swanky Street
20.ストレンジカメレオン
21.その未来は今
-Encore-
22.チェリー
23.ハイブリッドレインボウ
-Encore2-
24.サード・アイ
25.Advice


本日の1曲
白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター / The Pillows


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>>connection archive >>
2007/10/09 『The Pillows “Wake up! Tour” @Zepp Tokyo
2007/08/15 『The Pillows 〜SUMMER SONIC 07〜 @Island Stage
2007/07/23 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 O-EAST
2007/06/13 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 CLUB QUATTRO
2006/12/16 『The Pillows TOUR “LOSTMAN GO TO CITY” @SHIBUYA-AX
2006/09/07 『The Pillows 〜音楽と人 presents Music & People EXTRA 2!〜 @STUDIO COAST
2006/02/13 『The Pillows