Archive Page 10

『かもめ食堂』の丁寧な暮らし

この映画の存在を知った当初真っ先に沸いたのは、なぜフィンランド?という疑問だった。しかし作品を観ているうちに、その答えらしきものをじわじわと感じることができた。

それにもしこの作品が、日本のどこかの街で撮られたものであったなら、少々趣旨の違った作品になったのではないかと思う。

3人の日本人女性が、それぞれの理由でフィンランドに集まった。ヘルシンキで定食屋を営むサチエ(小林聡美)は、なかなか客の集まらない「かもめ食堂」で毎日皿を磨いている。彼女は『素朴だけど美味しいもの』をフィンランドの人に振る舞うためにここにやってきた。

サチエ:さて。朝一番白いごはんと一緒に食べたい焼き魚といえば?
ミドリ:・・・しゃけ?
サチエ:ほら!ね?日本の人もフィンランドの人も「しゃけ」好きなんですよ。
ミドリ:なるほどー。
サチエ:なーんて、たった今思いついたコジツケですけどね。
ミドリ:・・・ハハ。

3人の中でフィンランド語を話せるのはサチエだけ。食堂を手伝うミドリ(片桐はいり)も、マサコ(もたいまさこ)も、接客では日本語を使う。実はこれこそが『かもめ食堂』という作品の要ではないかと思う。

相手の話す言葉がわからなくても、自分の話せる言語に心を込める。そんな風に人と接することが出来たなら、意外とあっけなく心の通ったコミュニケーションが成立してしまうのかもしれない。物語に自然に入り込んでくる異国の空気は、登場人物たちの人となりをいっそう際立たせていた。

そんな食堂の空気を、この作品が発する音がよく表している。
食器が重なり合う音や、店内を行き来する靴の音。日常会話の音量の登場人物たちの会話。サチエの発する『Kiitos!(ありがとう)』も心地良く響く。(それは背後に控えているであろう撮影クルーの存在をも感じさせないのだ)

自分の名前を漢字で書いてもらい歓喜する日本アニメオタクのトンミ・ヒルトネン(豚身昼斗念)青年や、フィンランド発祥の「エアギター」の話題が登場するあたりは、なんとも今風の味付けであるし、なにより個性的なキャストが醸し出すちょっとした可笑しみは、もはや期待通りというべきだろう。

彼女たちが作り、テーブルに出された “焼き魚” や ”おにぎり” がとても美味しそうに見えるのは、それが丁寧な所作の延長線上にあるからだと思う。(実際、映画を観た後で、誰かの作った料理を食べたくなり、定食屋へ駈け込んだほどだった)

ボトルにふきんを添えて飲み物を注ぐ。
キッチンの汚れは気付いた時に拭く。
菜ばしを丁寧に揃えて置く。
食器をきちんと整頓する。
そして、丁寧に人と接する。

『かもめ食堂』から丁寧な暮らしを感じれば、自分の生活がいかにそこから離れているかに気付くかもしれない。容易いようでなかなか叶わない “丁寧な暮らし” に価値をおける人なら、きっとこの作品に心地良さを感じるはずなのだ。


本日の1曲
クレイジーラブ / 井上陽水


——————————-
『かもめ食堂』に続く、荻上直子監督作品『めがね』は本日公開

▼『めがね』
脚本・監督:荻上直子

出演:小林聡美 市川実日子 加瀬亮 光石研 もたいまさこ  薬師丸ひろ子(「めがね」の友だち)
エンディングテーマ:大貫妙子
テアトルタイムズスクエア、銀座テアトルシネマ、シネセゾン渋谷ほか全国ロードショー


半額で買える便利

これを読んでくださっている全国の皆様にはほとんど関係ない話だけれど、このたび高円寺駅北口の、とあるコンビニエンスストアが閉店する。

高円寺阿波踊りで街中が盛り上がっていたある日の夜、書店を目指して自宅を出たものの、祭りの列が通りを封鎖し車道の向こうに渡ることができなかった。仕方なく目の前にあるコンビニに入店する。
その店はなんだか様子がおかしかった。

祭の見物客が店内に押し入り、トイレのドアの前には不自然なほど長い列ができていた。しかし様子がおかしいのは、店内が混雑しているからではなかった。この店には明らかに商品が少ない。ついでに言うと店員もなんだか元気がない。

普段ならところ狭しと雑誌が重なり合っているラックは「から」で、祭の見物客達が無遠慮にもたれかかって通りをのぞき込んでいる。普段ならそれを注意すべきである店員達がそれを黙認しているのも不思議だった。コンビニの店主は店の前でたむろする若者や、無断で家庭ゴミを捨てていく通行人を口やかましく注意するものなのに。

陳列棚には「店内全品半額」という貼り紙がされていた。
日用品が並ぶ陳列棚はスカスカで、黄色いパッケージの日焼け止めがひとつ転がっているだけだった。菓子のコーナーにはかろうじて商品が残っていたけれど(在庫が残っているのだろう)、こんな時はポテトチップスの袋すら味気なく見える。

レジには少女と、その父親くらいの歳の男性が並んで立っていた。二人の視線は目の前の空間に向けられていて、背後には一年に一度の祭りの日に商品を用意できない後ろめたさが漂っている気がした。
皆さん、トイレだけでも使ってやってください、
クーラーも、効いているんですよ、と。

一人暮しをしているとどうしてもコンビニの世話になることが多くなる。 電球は21時過ぎに切れ、キャットフードは時間のない朝に無くなる。
コンビニは便利だ。でもちょっと高い。半額のコンビニに入店したのは初めての経験だった。コンビニは便利なだけの店で、今まで半額のコンビニがあったらいいなんて思ったこともなかった。

差し出したいくつかの電球に少女がバーコードを通すと、普段通りの金額が弾き出された。やはり何かの勘違いだったと一息つくと、少女は目の前の大きな電卓をつまらなそうに叩き、数字はあっさりと半分になった。

その昔、父親は『便利は金で買うものだ』と格言めいたことを言った。それが正しい理解なのかは別として、コンビニエンスストアで買い物をする時にその言葉をよく思い出す。それは便利が半額で買えたちょっと奇妙な夜だった。


本日の1曲
パレード (’82 remix) / 山下達郎


SUMMER SONIC’07 〜東京会場2日目〜 @千葉マリンスタジアム&幕張メッセ

前日はP氏と居酒屋で乾杯したのち深夜に帰宅。シャワーと洗濯を済ませ、ライブの余韻に浸っているともはや明け方。それでも7時過ぎに迎えに来たC氏の車になんとか乗り込んだ。

首都高に乗り、左手に東京タワーを眺め、まだ人気のないお台場を過ぎ、観光気分で朝のドライブは続く。幕張メッセに到着すると、駐車場は早くも半分くらい埋まっていた。
まだ開場前のメッセを離れ、カフェテリアにてのんびりと過ごす。2日目のみ参戦のC氏が揃い、朝からテンションがあがってしまう。

しばらくしてステージに向かった両氏と別れ、物販エリアを偵察することにした。横に連なった屋外のテントには出演アーティストのTシャツがずらりと並んでいる。その後電話をかけようと携帯電話を見るも圏外の表示。場所を移動しても圏外は続き、公衆電話の存在に気付くまで約4時間の単独行動となった。

せっかくなのでスタジアム周辺を散策しようとバスに乗り込んだ。ビーチステージに向かう人々は、海辺に続く小路に入っていった。

今年のお盆はとにかく暑かった!炎天下を歩き回ったあとはメッセに引き返し、ライブを眺めたりかき氷を食べたりした。
ちょうどその頃P、C両氏は炎天下のBeach Stageにいたようで、曰く『砂に足を取られて暑さ倍増!』という体験をしたらしい。

午後になりめでたく両氏と再会、ふたたびスタジアムへ引き返す。Marine Stage2日目はBlocPartyからヘッドライナーの Arctic Monkeysまでイギリスのバンドが続く。これまでUS色の強いSUMMER SONICというイメージがあったけれど、UKでも若いバンドを揃えるところがSUMMER SONICらしい。今年はTHE OFFSPRINGやPETSHOP BOYSなどのべテラン勢がスタジアムを譲った形となった。

Bloc Partyは本日の個人的メインアクトのひとつ。毎年新しいバンドがいくつも現れるものの、1stアルバムと同じように2ndアルバムに夢中になれるバンドにはあまり出会えない。今や中堅に差し掛かる数々のバンドがデビューしだした数年前、Bloc Partyはもっとも興味を引くバンドだった。

Bloc Partyの音楽は殺風景な都会の夜の風景をイメージさせる。少し陰欝で幻想的ですらある。それゆえに昼間のアウトドアステージへの登場に違和感を感じもしたけれど、”Waiting For The 7.18″ や”I Still Remember”(YouTube)などのメランコリックなメロディーはオープンエアーならではの爽快感が感じられた。

一方、“Banquet”(YouTube)や ”Helicopter”(YouTube)といったもっともBloc Party的なサウンドに挑発された人々はグラウンドに駆け込み、フロントエリアにみるみる人が増えていった。(体力温存よろしく、スタンドに座ってしまったことを後悔してしまった!)

夕刻、Cyndi Lauperを横切り(!)Island Stageへ。6、7月のワンマンに続き、初めてフェスティバルのステージでThe Pillowsを観る。(The Pillows / SUMMER SONICレポートはこちら
終演後会場後方に向かっていると、今度はマキシマム ザ ホルモンのTシャツを着た若者達がフロントエリアに移動していった。物販エリアで「マキシマム ザ ホルモン専用」の列が設けられていたことに驚いたけれど、近くにいた若者たちは最近ライブのチケットがとれないと嘆いていた。

ライブの途中、わくわくした顔で『前行かない?』と耳打ちしたC氏と共に、熱狂の渦の中へ飛び込んだ!
『残ってる体力!す・べ・て奪わせていただきます!!』の雄叫びが轟き、全員で「麺カタこってり」をすることに。
「麺カタこってり」とは、マキシマムザホルモンのライブの定番、全員強制参加(スタッフ含む)の恋のおまじないのこと。会場全体で『麺カタ(両手を叩いて)こってり(親指を立て身体を思い切り後ろに反らせ)ヤッター!(勢いよく起き上がり両手を天へ)』と、勢いよく恋のおまじないをかけた。

ナヲ氏のスウィートボイス響き渡る ”恋のスウィート糞メリケン”、ラストの ”恋のメガラバ” は今年の夏のモッシュおさめとなった。やり切った感に充たされ、時刻は19:30。今年のSUMMER SONICも、いよいよヘッドライナーを残すのみ!

スタジアムでは大音響でロックンロールが鳴り響き、皆が若きバンドの音楽を歓迎していた。
3月の段階でSUMMER SONIC事務局は、早くも今年のヘッドライナーがArctic
Monkeys
であることを公表した。それは賛否両論の ”ちょっとした騒ぎ” を巻き起こすくらい衝撃的なアナウンスだった。

Arctic Monkeysの平均年齢は21歳。セールス記録を次々と塗り替えたイギリスの少年達は、SUMMER SONIC史上最年少、デビューから最速でヘッドライナーに抜擢された。信じがたいことに、このバンドがギターを初めて手にしたのは21世紀に入ってからだそうだ。

MCも控えめに、彼らは淡々と演奏を続けた。“When The Sun Goes Down”(YouTube)では一段と大きな歓声があがる。人々は夜の照明にオレンジ色に照らされて、まるで大音響の振動に震える粒みたいに見える。胸のすくようなこの光景見たさに、ステージから離れたスタンドに座っていると言ってもいい。(トイレで着替えている間に、“Fake Tales Of San Francisco“(YouTube)が終わってしまったのは、なんともはや!)

今やArctic Monkeysは、海外の巨大フェスティバルでもヘッドライナーをつとめている。何万の視線を受けて、若きロックスターの胸には何を想うのだろうかと、そんなことを考えてしまった。

最後の曲、”A Certain Romance” は特に印象的だった。Arctic Monkeysの音楽はラウドなだけではない。時に鬱屈としたメロディーの曲間には歓声が一段とよく映える。ライブが終盤に差し掛かるにつれて、熱狂が加速していった。

ストイックにロックンロールを見せ付けた彼らがステージを去ると、派手なスターマインが打ち上がる。何万の人々による歓声と沸き起こる拍手の中、これ以上ない晴天と音楽にまみれたエキサイティングな二日間が終了した。


本日の1曲
When The Sun Goes Down / Arctic Monkeys


——————————-
>>connection archive >>
2007/08/26 『SUMMER SONIC’07 〜東京会場1日目〜 @千葉マリンスタジアム&幕張メッセ


SUMMER SONIC’07 〜東京会場1日目〜 @千葉マリンスタジアム&幕張メッセ

2007年8月11日、記念すべき今年のお盆休み初日。
SUMMER SONICが本日から開催される。
昼頃自宅にやって来た友人P氏と高円寺駅から電車に乗り込んだ。本日も正真正銘の猛暑日である。

サマーソニックは東京会場(千葉県幕張)・大阪会場で同時開催される真夏の音楽フェスティバル。各会場の出演者は両日でごっそりと入れ代わる。2000年の開始以来、年々規模は拡大し、参加者20万人の大型フェスティバルに成長した。毎年お盆時期に開催されるため、帰省する学生の数が全国的に減少したのではないかと思うくらいだ。(タイムテーブルステージマップ

幕張メッセに到着後、P氏おすすめのGym Class Heroesを観にMountain Stageへ。P氏がすすめるだけあって、すぐに気に入ってしまった。

フェスティバルでは往々にして “知る”と “観る” が同時にやってくる。素晴らしい環境に感謝しながら身体を揺らしていると、Fall Out Boyのvo.パトリックがゲストボーカルとしてステージに登場し、場内は熱っぽい歓声に包まれた。そのパトリックのボーカルで “Clothes Off!!”(YouTube)を披露。大音響の中、思わず『イイネ!』とP氏に耳打ちしたこの曲は、現在もっともよく聴いている曲のひとつである。

この時はまだ知らなかったけれど、Gym Class Heroesは、Fall Out Boyと同じ ”Fueled By Ramen Records” に所属している。”ラーメンでお腹いっぱい” というなんとも気の抜けた名前のレーベルには、旬の若手バンドが名を連ね、注目USエモロック好きには有名なレーベルなのだ。

それにしても、Fall Out Boyの人気は想像以上みたいだった。夕方から控えているステージが一層楽しみになる。そして会場に到着して早々、いいバンドを見られたことですっかりテンションがあがってしまった。

本日は夕方からが忙しい。今のうちに食事を済ませようとタイ料理の屋台の列に並ぶ。P氏に『またタイ料理!』とからかわれる。フェスティバルでは、無意識にタイ料理の列に並んでしまう習性があるらしい。
今頃、炎天下のMarine Stage(幕張スタジアム)では、大学生時代に聴きまくったGoo Goo Dollsが演奏中のはずだ。食事する時間がもったいない!とすら思いながら、好物のタイ料理をおいしく食した。

その後メッセ内を渡り歩き、入場制限で殺気立つDance Stageに飛び込んだりしながら、真っ昼間からの興奮状態を謳歌した。
目当てのアクトが立て続けに控えたフェス初日。タイムテーブルをジロリと見れば言いようのない充実感が込み上げてくる。
別口でやってきた友人と合流し、夕刻のMountain Stageへ入場。いよいよ、Fall Out Boyが登場する。

先程のステージで心の準備なく目撃したものの、初めてのFall Out Boyのライブである。メンバーの登場と共に、待ちに待ったショウを歓迎する大歓声と幾多の拳が視界を覆う。
1曲目は現在の彼らにとって決意表明的アンセム、”Thriller” 。ドラムの重低音が響けば、説明しようのない気持ちが込み上げてくる。

マイiPodの再生回数トップ25の常連 “The Take Over, The Breaks Over”(YouTube)、”The Carpal Tunnel Of Love”(YouTube)ではbassのピートがスクリーム(絶叫)でオーディエンスを煽りまくる。
まさに息をつく暇もないエモーショナルの応酬。降り注ぐ爆音と、壮絶なモッシュ。刻一刻と足りなくなる酸素!

終演後、我に返ると、手にしていたはずのペットボトルがいつの間にか無くなり、腰から下げていたタオルが消えている。息を吐くと頭部から滝のような汗が滴り落ちた。しばしの放心。

たまらず屋台に駆け寄りミネラルウォーターを摂取。このあと同じステージにはELLEGARDENが登場する。
直前のアクトで予想外に体力を消耗したため、ELLEGARDENは後方での参戦。後方からステージ脇のスクリーンに大写しになるvo.細美氏を見つめる。

ライブで初めて聴く ”I Hate It” 思わず息をのむ。夏の終わりを歌った ”The Autumn Song” は是非聴きたかった曲である。

ELLEGARDENのライブではよく大きなサークルを見かける。知らないもの同士が肩を組み、大きな円陣が形成されるのだ。
この日も視界の中には数個のサークルがあった。そんな光景を見て、ELLEGARDEN の音楽が与えた何かに思いを馳せる。人々が大切にしたいと願う「目に見えないもの」というのは、この景色。そういうことなのかもしれないなぁ、と思った。

ELLEGARDEN終演後、意気揚々とDance Stageへ向かったP氏と別れ、友人2人とスタジアム行きのシャトルバスに乗り込む。ここでやっと今年初のMarine Stageである。スタジアム前に降り立つと、ゴォォ!とこだまする大歓声が聞こえる。スタジアムでは本日のヘッドライナー、Black Eyed Peasのステージ真っ只中である!

巨大なステージを駆け回るメンバーに合わせ、ステージ上方に掲げられた3面スクリーンがリズミカルに切り替わる。
現在のBlack Eyed Peasフィーバーは、きっとファーギーの存在なくしては語れない。美しい容姿にパワフルでスウィートな歌声。彼女を見たら、きっと誰もが心を奪われてしまう。

今夜、否応なくスタジアムを揺らしまくったBlack Eyed Peas。世界的大ヒットとなった “Pump It”(YouTube)が始まるやいなや、スタジアムは爆発的に沸き返る。

サマーソニック名物のスターマインは、毎年スタジアムのメインアクト終演直後に打ち上げられる。しかしこの日、初めて演奏中から花火が打ち上げられるのを見た。ライブの興奮に、さらなる追い打ちをかけるかのごとく夜空を花火が覆っていく。
Black Eyed Peasはその巨大な花火すら手中に納めたような完璧なエンターテイメントを見せてくれた!


本日の1曲
Thriller / Fall Out Boy


——————————-
>>connection archive >>
2007/09/02 『SUMMER SONIC’07 〜東京会場2日目〜 @千葉マリンスタジアム&幕張メッセ


The Pillows 〜SUMMER SONIC 07〜 @Island Stage

ここからふいに照明が落ちた瞬間から、広い会場中に歓声が沸き上がる。詰めかけた人だかりの隙間から、両手のひらを頭の上に立てて “ご挨拶中” の山中さわおが見える。その姿に自然と口元が緩む。
いよいよ。SUMMERSONICThe Pillowsがやってきた。
間もなくして鳴り響いたイントロに、そこかしこからどよめきが起こった。一曲目は “ストレンジカメレオン” 。

山中さわお本人もそう語るように、ストレンジカメレオンはThe Pillowsにとって重要な曲。ライブでは終盤に演奏されることの多い曲だ。
皆に受け入れて欲しくて、自分を変えようとしてみたものの、結局他のなににも変わることが出来なかった。山中さわおは自らの体験を歌い、この曲で厄介な自分という存在を受け入れる覚悟を表明した。

イエローの照明に照らされたステージは、一曲目とは思えないシリアスな空気に満ちていた。一気にライブ終盤へショートカットしてしまったような錯覚に陥る。

『こんなに集まってくれて、びっくりしてんだよ!』『オレ、自分の人生にはポジティブなんだけど、バンドの人気にはネガティブなんだよ。』と笑いながら話す。どうやらここまでの会場の「入り」を予想していなかったみたいだ。

前方ではよくわからなかったけれど、きっと後方までオーディエンスが押しかけていたんだろう。真夏の巨大フェスティバル、SUMMERSONIC。サブステージとはいえ、キャパシティはZEPP TOKYOと変わらない。

山中さわお、未だに頭の中は売れなかった頃のままのようで、ライブのMCでは、いつもこのたぐいの話をする。Pillowsが結成されてから18年、チケットが売り切れ、追加公演が決まり、大きな会場が人で埋まるようになったのは本当に最近の話なんじゃないかと思う。そんな時の山中氏は、まじまじとオーディエンスを眺めては、皮肉屋が少し照れたような顔を見せる。
自分の音楽を求めてくれる人々を前に、まだそれが信じられないという顔を。

同時刻、隣のステージではCindy Lauperのライブの真っ只中だった。(Cindyのファンを公言する山中氏だけに、タイムテーブルが発表された時は、少し同情してしまったくらいだ)

今日のステージの彼女の赤いパンツ(『フリフリ付きだぜ?』)に興奮した様子で、『オレも赤いパンツ仕込んでくればよかったな。』とぼやいている。そしてかつてThe Pillowsのシングルにも収録されたCindyのカバー ”When you were mine” を披露した。

今日はシングル曲やアルバムリード曲が中心のセットリストが組まれていた。発売を控えている最新シングル “Ladybird girl” も披露。前方にひしめくファン達が一層ヒートアップしたのは ”Ride On Shooting Star” 。ギターネックを振りながらの演奏スタイルもなんともThe Pillowsらしい、ライブを楽しむための楽曲。
最後の曲は弾き語りから静かに始まった ”ハイブリッド・レインボウ”。この日一番の沢山の拳が上がる。

SUMMERSONICに一緒に参加した友人達は皆、初めてのThe Pillowsのライブだった。
フェスならではのそんな状況も楽しい。そして、友人のひとりがこの日披露された新曲を気に入ってくれたことが、なんだかとても嬉しかった。

SETLIST

01.ストレンジ カメレオン
02.MY FOOT
03.Wake up! dodo
04.Ride on shooting star
05.Ladybird girl
06.When You Were Mine
07.スケアクロウ
08.サードアイ
09.ハイブリッド レインボウ


本日の1曲
Ladybird girl / The Pillows


——————————-
>>connection archive >>
2007/07/23 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 O-EAST
2007/06/13 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 CLUB QUATTRO
2006/12/16 『The Pillows TOUR “LOSTMAN GO TO CITY” @SHIBUYA-AX
2006/09/07 『The Pillows 〜音楽と人 presents Music & People EXTRA 2!〜 @STUDIO COAST
2006/02/13 『The Pillows


iMac Fever!

カリフォルニアとの時差を考えると、明朝には世界中に確かな情報が出回っているはずだった。ウェブサイトの ”準備中” の画面でこんなに心が踊ったことが、未だかつてあったろうか?
昨深夜、Apple Storeのサイトがとうとう準備画面に切り替わった。どうやら新製品発売の噂は「今度こそ」本当のようだった。

Appleは米国時間8月7日、カリフォルニア州クパチーノの本社で開催されたイベントでついに新型「iMac」を公開した。iMacのデザインがリニューアルされるのは、2004年の10月以来のことだ。

Apple社のプロダクトは、マイナーチェンジを繰り返す間も何年間かは同じデザインで統一されている。そしてそのほとんどがとても印象的なデザインであるけれど、とかくiMacはAppleらしいデザインを体現したモデルといえる。一時期の可愛くて手軽なイメージは薄れ、プロの仕事に応えられるコンピュータに成長した。

Appleファンにとって、スペックのアップグレードは勿論、デザインチェンジは重要な問題である。
新しいiMacの登場は、世界中のデザイン事務所を景色が変えると言っても過言ではない。歴代のiMacがそうであったように、デザイン関係のみならず映画や雑誌の気の利いたインテリアの一部として登場するはずなのだ。(これは一大事だ!)

そんな重要な問題であるのにも関わらず、Apple社は新製品の発表前に一切の情報を明かさない。プレスリリースと商品の発売日が同じタイミングでやってきて、何の商品が発表されるかは、実際にCEOが語り出すまでわからない。

そんなわけで、Appleの製品に関するうわさ専門のサイトは世界中で運営されている。とりわけ有名なMacRumors.comAppleInsiderThink Secretなどは、コアなMacファンにはお馴染みのサイトであろう。

そこではCEOが登場するイベントの開催が告知されるたびに、『今度は何が発表される?』という期待と、幾多の仮説が発信される。「信頼できるソース」からの情報が書き込まれ、真意の程が定かでない画像やら動画やらが出回り、店頭の商品が品薄になるたびに、噂は世界中を駆けめぐり、Macファンは盛り上がってしまう。

このところずっと我が家のMacは調子が悪い。Macが起動しないという最悪の不便を経験してからというもの、Macの電源を落とせなくなってしまった。そうして昨年あたりから、インターネットで検索をかけては発売時期に関する情報を集め、一部の人々と騒ぎを共にしてきた。

___そろそろiMacのニューモデルが発売されてもよい頃だ。
今年に入ってからはそんな確信めいた記事が目立つようになり、毎月のようにiMacのニューモデル発表日が日付指定で予測されては過ぎていった。(こんな時はiPhoneの発表すら喜ばしくない)
ある種のフィーバーは大多数の関係のない人々をよそ目に巻き起こっているものである。


本日の1曲
Debaser / Pixies


フツーを目指す男

フツー・に【 フツーに 】
1. 《「フツー」は「普通」の意。多くあとに肯定的な形容詞をともない、肯定を強めている状態。若者言葉の一種。》
言うまでもなく。常識的に。「あの人はーにかっこいい」

ちょっと軟派な会話と、はにかんだ笑顔。細い身体を包むシンプルなストリートファッション。
そんな彼の ”なり” を回りは結構注目している。ちょうど音のするほうに猫が耳をそばだてるみたいに、その存在を認識している。

昼下がりの定食屋にて、我々は同僚の青年氏を『社内で抱かれてもいい男は?』とくだらぬ質問で問い詰めていた。
『〜さんは?』『じゃ、〜君は?』というこちらの提案にも首を降り続け、ひとしきり『違うナァ・・・アレはだめだ。』などと失礼なことを言っている。青年氏、本気で選びにかかっているようだ。山かけトロロ丼をこねくり回している。

そのうち各自が黙々と食事を再開した。箸と器のカチャカチャとした音だけが響く。

『・・・やっぱ・・・あの人なんじゃないの?』
しばらくすると青年氏はこちらの顔色を窺うように言った。
我々はこう吐き捨て、青年氏の解答に失望した。
『あの人はフツーにかっこいいジャン・・・!』

その相手とはいわずもがな、冒頭に登場した彼である。青年氏は忠実な犬みたいな上目遣いでこちらを見ている。お決まりの回答を提出してしまった後ろめたさすら感じさせながら。

この場において彼の名前が出ることは何の驚きも与えない。『えー!』とか『なんで!?』というワクワクした会話すら続かない。彼は「わざわざ言うまでもなくかっこいい」からだ。我々はサッサと別の解答を促し、青年氏の模範解答はすぐに追いやられてしまった。

そんな「フツー」についてちょっと考える。はからずもフツーの解答をしてしまった青年氏だって『あの青年氏、フツーにかっこいいよネ。』と言われている可能性だって、無くはない。それを言うと『聞いたことない?ないの?』とせっつかれたが、青年氏に対するそのような賛辞はまだ耳にしたことがなかった。フツーというのは結構難しいのである。

確かに、複数人が瞬時に同意するかっこいい男はなかなかいない。
かっこいいと言われるのはやっぱり嬉しい。あらかじめ選択肢から除外されようが、その場の会話が発展しなかろうが構わない。フツーにかっこいいというのは、結構貴重なものなのだ。


本日の1曲
A Certain Romance / Arctic Monkeys


The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 O-EAST

前回同様、今夜も平日のライブ参戦。またしても開演ぎりぎりに会場に飛び込んだ。急いでロッカーに荷物を預け、ステージを振り返るとポロシャツにネクタイ姿のメンバーが登場した。

今夜のライブはMUSIC ON! TVで生中継されている。『気ぃ利かせて、いつもより2割増で盛り上がってくれよ?』と vo.山中さわおが言えば、Dr.佐藤シンイチロウは『白髪を染めてきましったぁー!』と叫ぶ。今夜はメンバーにとってもちょっと特別なライブなのだ。(いわずもがな、曲順を間違えた山中氏の姿もしっかり放送されていた)

MCで山中氏が突如『今日 “ノンフィクション” Tシャツ着てる男の子いる?』とフロアを見渡す。『オマエ今日3時くらいに渋谷歩いてただろ?』
いわく、いつサインするかどきどきしていた「山手線で来たロックスター」の前を、自分のバンドTシャツを来た少年が素通りしていったらしい。

ライブが中盤に差し掛かったあたり、長きにわたって聴き続けているイントロに思わず息をのむ。観覧車にひとりで暮らす少年の歌、”CARNIVAL” !
The Pillowsを聴くきっかけとなった楽曲であり、今でも聴くたびに大学生だった当時の心境を思い出す。さみしさに慣れて、幸せな気分すらどこか俯瞰しているかのような歌詞。語幹とは裏腹にもの悲しい ”ahahahahahahaha”というハミングが堪らない。この曲を作った人間になら全てを委ねてもいい、とさえ思わせる名曲。

今回のツアーでは、追加公演がアナウンスされた。山中氏、その事実を告げたあと『なんだかおかしなことになってるぞ・・・?』と嬉しそうにおどけている。

The Pillowsのようなバンドでも、ライブハウスを人で埋め尽くすまでには時間がかかる。おそらくこちらの想像以上にThe Pillowsはそこまでに時間がかかったバンドだろう。そして昨年ZEPP TOKYOの公演がソールドアウトになった際に作った歓びの歌 ”プレジャー・ソング” が始まる。

本編終了後、鳴りやまない手拍子に再登場したアンコール。フロントの3人がギターとベースを垂直に高く掲げると、早くもかしこから歓声があがる。照明が落ち、シンとした場内。そのままの姿勢で静かに “Calvero” のイントロが始まる。正面を見据えたまま、指先だけを動かして演奏を続ける。淡々としたプレイスタイルとは打って変わってオーディエンスは飛び跳ね、熱狂する!

ライブが終わりに近づくとパンと「タガ」が外れてしまう時がある。今夜一番のモッシュは “Waiting At The Busstop”。山中氏は煽りに煽り、フロアが揉みくちゃになる。
『オマエらもう帰れよぉー。』と嬉しそうにアンコール2度目の登場。アンコールならではの親密な空気の中、山中氏の弾き語りから静かに始まった”Hybrid Rainbow” を後方から見守る。

ハイブリッドレインボウは「異種混合の虹」。決してきれいな7色ではないけれど、3人だからこそ見られる、一風変わった「虹の歌」。
オーディエンスが突き上げる幾多の拳でステージはほとんど見えない。だけど、それはとても素晴らしい景色だった。


SETLIST

01.Wake up! dodo
02.Skinny Blues
03.I Know You
04.インスタントミュージック
05.プロポーズ
06.空中レジスター
07.シリアス・プラン
08.プライベート・キングダム
09.CARNIVAL
10.Midnight down
11.つよがり
12.like a lovesong(back to back)
13.MY FOOT
14.BOAT HOUSE
15.GIRL’S DON’T CRY
16.プレジャー・ソング
17.YOUNGSTER(kent Arrow)
18.ROCK’N’ROLL SINNERS
19.スケアクロウ
20.サードアイ
21.Century Creepers(Voice of the Proteus)
22.Sweet Baggy Days
-encore-
23.Calvero
24.Ladybird Girl
25.Waiting At The Busstop
-encore2-
26.Hybrid Rainbow


本日の1曲
Calvero / The Pillows


——————————-
>>connection archive >>
2007/06/13 『The Pillows “Wake up! Tour” @渋谷 CLUB QUATTRO
2006/12/16 『The Pillows TOUR “LOSTMAN GO TO CITY” @SHIBUYA-AX
2006/09/07 『The Pillows 〜音楽と人 presents Music & People EXTRA 2!〜 @STUDIO COAST
2006/02/13 『The Pillows


見沢知廉

これまでの読書遍歴を明らかにするなら、それは見沢知廉抜きでは語れない。

初めて読んだのは大学生の頃で、『囚人狂時代』と『母と息子の囚人狂時代』だった。(新潮文庫刊:現在は絶版 ※2013年6月追記:リンクはAmazonの文庫中古品)
これはかつて、彼が殺人罪で刑務所に収艦されていた12年間の記録である。

全国指名手配ののち、出頭。当時23歳の見沢氏は少年刑務所を経て、凶悪犯や長期刑囚が送られる千葉刑務所に収監された。それゆえに、世間的に名の知れた有名事件の犯人と遭遇することもあり、作品中にもそういった”有名人”は度々登場する。この2冊は、刑務所の中の(時にコミカルな)ルポタージュと、言えなくもない。

しかしそこで、孤独な囚人の閉ざされた生活を知った。冷静で客観的なルポタージュの合間に、普通に生活することへのどうしようもない憧れがふと現れる。特に見沢氏は、刑期の多くを問題囚が放り込まれる「厳正独房」で過ごしていた。

大学生だった当時は、幸福な若者の「絶望!絶望!」という連呼も聞き飽きていた。見沢氏が独白した生々しい絶望感はとてつもなく崇高なものに思えた。

見沢氏はインテリであり、相手を論破する膨大な知識も持っていただろうが、刑務所とはそんな高尚なものが通用するところではない。看守が黒と言えば、白いものでも黒になる。

『母と息子の囚人狂時代』に収められたエピソードの中に、特に印象的だったくだりがある。
刑務所内では、見沢氏のような政治犯は特に厳しく監視されるらしい。組織に連絡されてはなにかと不都合があるため、手紙の閲覧も念入りに行われていたようだ。
そこで見沢氏は、母との手紙に一工夫することを思いつく。手紙に暗号を織り交ぜ、刑務所内で手に入る限られた材料を使ってあぶり出しを用い、宅下げ(用済みの荷物を自宅へ送り返すこと)の書籍の背表紙を剥いで秘密文書を潜ませたりもした。

しかし問題は、その暗号や細工を母に知らせる方法がないことだった。面会室では同席した看守が会話の一字一句をメモしている。全ては母と息子の勘にかかっているのだ。
それでも母は暗号を解読し、あぶり出しにまで成功する。『なんとなくあぶってみたら文字が出てきた。』という母の勘には読者のみならず、見沢氏本人も驚愕したようである。

刑務所では、先の見えない閉塞感から発狂してしまう囚人もいる。夜の闇をつんざく奇声を聞きながら、必死に正気を保とうとする。
劣悪な環境と容赦ない体罰の中、見沢氏は獄中で小説を書き続ける。もはや文学だけが正気を保たせてくれ、それを受け取った母は手が動かなくなるまで原稿を清書し続けた。

発狂寸前の息子と、それを支える母。そうして母と二人で書き上げた小説「天皇ごっこ」は新日本文学賞を受賞する。その数カ月後、見沢氏は出所した。

出所後は、長期刑特有の拘禁症と戦い入退院を繰り返していたようだった。サブカルチャー系雑誌での特集や連載、トークショーへの出演。「2ちゃんねる」に実名で書き込む見沢氏を ”目撃” したこともあった。
ニューヨーク同時多発テロが起こった際は、直後から氏のホームページでは活発な議論が交わされていた。政治的背景を含む問答はほとんど意味が判らなかったけれど、興奮を抑えた文体ながら饒舌な見沢氏が印象的だった。

2005年初秋、インターネットのニュースで彼が投身自殺したことを知った。その時、モニタに向かって「あ」と大きな声をあげた。

とうとう一度も姿を見ることもなく、彼は逝ってしまった。初めて著作を読んだ時から、今の日本で絶望を語ることのできる数少ない小説家のひとりだと思ってきた。ぶっきらぼうな言い方ではあるけれど、自分の中には「死んだら悲しい他人」という存在がある。自分にとって、見沢氏は紛れもなくその一人だった。


本日の1曲
The Crowing / Coheed & Cambria


——————————————————–
▼ 見沢知廉プロフィール(一部『日本を撃て』より抜粋)

1959年、東京都文京区生まれ(本名高橋哲央)。裕福な家庭で、幼少時代から英才教育を受け早稲田中学へ進学。同高等部在学中、演壇で教育批判を行ったのち全教壇の破壊行為を行い、退学。のちに暴走族、新右翼過激派活動家の道へ。同時期に一家は離散する。

79年東京サミットに決起しない右翼に失望。80年より新右翼へ転向。82年米、ソ、英の関係施設への砲火や火炎瓶ゲリラを指揮。同年スパイ粛正事件で逮捕。殺人罪で懲役12年を言い渡される。

刑務所内では反抗の限りを尽くし、94年獄中で書いた小説『天皇ごっこ』が新日本文学賞を受賞。同年秋満期出所。

96年、獄中記『囚人狂時代』がベストセラーに。以降は政治活動を休業し、文筆活動に専念する。97年には『新潮』巻頭の『調律の帝国』が三島由紀夫賞候補になる。
05年自宅マンションより投身自殺。享年46歳。
現在はその著書の多くは絶版になっている。

▼ 見沢知廉公式サイト[Web Chiren]
※現在は閉鎖(2012年9月追記)


騒やかな日曜

そろそろ趣味・特技の欄に 「家具の組み立て」と書いても許されるのではないか、と思うくらいだ。ひとり暮らしを始めてから、あらゆる家具を自分ひとりで組み立てまくってきた。
段ボールに隙間なく収められた家具のパーツは、ビスやクギで連結され、みるみる組み立てられてゆく。

インターネットで注文した本棚が我が家に到着したのは5月、ゴールデンウィークのことだった。連休に合わせて注文し、休みを費やす覚悟でいたのだけれど、その重量と巨大さを ”実感” して面倒になり、長らく玄関に放置されていた。

末広がりになった本棚には、文庫から大型本までが収納できるだろう。完成すれば、天井につくほどの大きさになる。もっとも、文庫本と雑誌に関しては既に専用の棚があるので、主に単行本や写真集などを収納するための棚ということになる。本棚に並んだ書籍を眺めることは、背表紙フェチにとって快感ですらある。

意を決して組み立てを始めた先週末。平和な日曜の午後に突如作業は開始された。こういうものは、やろうと思った時にやらなくてはいけない。軍手をはめ、ドライバーセットを用意し、ロックミュージックをかける。

作業を設置場所から少し離れた奥の部屋ですることにした。玄関から部屋の中へとパーツを ”搬入”し、ペランとした簡易的な説明書を睨む。試行錯誤を繰り返しながら、高さ2メートルをゆうに超える本棚の組み立ては順調に進んでいた。やっばりこれは「趣味・特技」に書かなくてはいけない。

しかしあろうことか、順調に完成した本棚は天井の梁に引っかかり部屋から出せなくなってしまっていた。強引に棚を傾け搬出を試みると、バキッとビスが折れた音が響く。本棚が、真っ二つになった。

こんな時『あーあ!』と一緒に言う人もいない。八つ当たりする相手も居なければ、帰宅した同居人に甘くからかわれて頭を掻いておどけることもない。崩れたら、静かに組み直す。これがひとり暮らしである。

それに誰かを呼んだところで足の踏み場がない。
頑丈なスチールラックに積み上げられていた書籍や、パソコンの周辺機器は全て棚から下ろしてしまった。ザザーッ・・・ッと積み上げた本が時折崩れ、床にはナイーブな電子機器が無造作に点在している。(今日終えなければ一週間この部屋に!)という危機感で黙々と作業を続ける。

棚を設置するために机をどかし、Macをどかし、冷蔵庫をどかす。なんとか設置を終え書籍を並べた終えた頃には、からだ中がホコリだらけになっていた。

これまでは棚が飽和状態で、せっかく購入した本もしまう場所がなかった。背の高い本棚にずっと憧れていた。隙間の残された本棚のなんと素晴らしいことだろう!


本日の1曲
The (After) Life Of The Party / Fall Out Boy