Archive for the '黄昏コラム' Category

妙なあだ名の王子さま

午後のワイドショーはある記者会見の様子を放送していた。ここから画面は見えないけれど、騒々しい番組の内容でそれが注目の記者会見であることがわかる。
けれど妙だ。暫く聞いていても主役の名前が出てこない。その代わりに、ナレーションはハンカチ王子、ハンカチ王子、と繰り返す。主語はハンカチ王子のようだ。

とある選択を迫られた ”ハンカチ王子” は進学を決意したようだった。テレビ画面を覗き込むと、ボクトツとした風体の王子が映っていた。彼が来年入学するのは早稲田大学で、現在の彼には妙なあだ名がついていた。

向こうからやってきた同僚になぜ彼がハンカチ王子なのかを聞くと、彼女は額の汗を拭く動作をし、『こーやってやるんだヨ。』と説明してくれた。今更な質問に皆が親切に答えてくれる。
『青いんだよ。』
『そう、ハンカチが。』
『しかも畳んで仕舞うんだヨー!』

皆が好意的に彼を語り、その場でハンカチ王子を知らないのは自分だけだという事が判明した。今年、夏の甲子園は一度も見なかった。決勝は歴史に残る名試合だったらしいが、知った時にはもう遅い。冬季オリンピック開催時に起こったイナバウアーショックが蘇る。

たった今仕入れたばかりのニュースを告げると、そこにいた同僚達は興奮した面持ちで喋りだした。今は誰よりもハンカチ王子の最新情報を知っていることに得意気な気分になる。
『えっ!決まったの!?』
『へー、大学行くんだ!』
その選択は皆の関心事だったようだ。皆はハンカチ王子の決断について、真剣な表情で私見を述べ始めた。

早稲田実業高校の校舎が国分寺に移転した時、ちょうど国分寺に住んでいた。自席に戻り、隣に座っている同僚氏に国分寺市の地図を差し出し『ここ、ハンカチ王子の高校だよ』と言ってみた。内心ドキドキしながら発した『ハンカチ王子』というちょっと恥ずかしい言葉は、何の違和感もなく会話の一部になった。


本日の1曲
Come On, Ghost / The Pillows


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2006/04/01 『稲葉ウアー


自転車乗るなら部屋まで担げ

もっぱら電車で移動する生活が続いている。JR私鉄各線、地下鉄、バス、タクシー。都心部においては、移動手段はたくさんあり、困ることもない。もうかれこれ7年程自転車を所持していない。
しかし毎年この時期になると無性に自転車に乗りたくなる。自分で風を切る感覚は特別だ。自宅を出発し、道端に駐輪して街を散策するのは楽しい。以前乗っていた愛車TOMOSを諸事情で実家に送り返してからは、この楽しみも長いこと味わっていない。

数年間迷いに迷って購入していないのにはそれなりの理由がある。
盗難も心配だし、メンテナンスにも自信がなくて・・・などという前に、住んでいるマンションに駐輪場がない。周りを店舗に囲まれており、密接した建物の間には隙間もない。『駅近いから、必要ないでしょ、ネ。』と不動産になぜか念を押されたが、駅が近ければ必要ないというものでもない。
『自転車乗るなら部屋まで担げ』。これがこのマンション居住者の暗黙のルール。
自室のある3階まで自転車を担いで昇ることを考えると車体重量は大きな問題である。このマンションはエレベーターもなく、階段も狭い。

カナダのサイクリングブランド『LOUISGARNEAU(ルイガノ)』のクロスバイクに狙いをつけてから、早数年。無駄のないスマートなデザインで、本体重量は13キロ台。タフすぎないスマートさで、ロゴデザインもいい。この時期は来期の新モデルが発表される直前で、今期モデルの出荷は停止する。購入に二の足を踏んでいる間にメーカーの在庫は売り切れ、運が悪いと次回の入荷まで数ヶ月間は購入できなくなる。
そして今年も恒例の買い逃しシーズンが到来した。インターネットで情報を収集する限り、お目当てのモデルは最早どの店にも在庫が無い。

一般的に車体の重量が軽くなればなるほど高額になり、軽さだけを追い求めると予算を随分オーバーしてしまう。レースに使われるロードバイクはわずか7キロ程度しかないが、これはケタが違う。折り畳み車は走っているとバラバラになってしまう気がして落ち着かないし、是非通勤にも利用したい。

Tokyo Bikeに注目したのはその軽さ。タイヤもフレームも驚くほど細い。実際に担いでみるが、これならいけそうだ。重量10.4キロで48000円。10キロ台が約5万円で手に入るのなら、手頃と言えるかもしれない。(ギア無しのモデルならばさらに軽く9.4キロ)精肉コーナーよろしく今は重量と価格を見比べている。

普段の行動範囲外に出て、知らなかった道や場所に出会いたい。バイクに乗っていた頃は思いつきで出かけることも多かった。自転車のある生活はいい、はずだ。


本日の1曲
The Middle / Jimmy Eat World


ぼうしカウンセラー

ある帽子専門店に入店するとニコニコしている帽子の青年が出迎えてくれた。その店は行く度に同じお姉さんが一人で店番をしている。狭い店内には天井近くまであらゆる帽子がディスプレイされ、店内はすっかり秋めいていた。

『あー、これもいいっスねぇ!』
彼は賑やかに帽子を試着していた客だった。感じの良い店員氏は客の相談に快く応じていた。彼は勧められた候補を前に決めかねているようだ。鏡を眺め、帽子の尖端をつまんだり頭を撫でたりしている。
実は入店した直後に買う帽子は決まった。しかし照れ笑いをしながら楽しそうにしている彼を邪魔してしまう気がして狭い店内をうろうろしていた。

暫くすると彼の連れ合いらしい女の子が店に入って来た。彼女は全身から(まだ決まんないのォ!?)という雰囲気を醸し出していた。
彼は『買う直前に迷っちゃってサー』と言い訳をし、『二つは買えないしナァ!』と自分自身を戒め、『これ売れちゃいますかねぇ!?』と店員氏が返答に困る質問をした。

店内でひとり悶絶する青年。その扱いに慣れた彼女はさっさと会計を済ませた。その間彼は店の商品に紛れてしまった自分がかぶってきた帽子を捜索していた。メンバーズカードの発行の有無を聞かれた彼は『是非つくってください!』と元気がいい。彼はこの店が気に入ったみたいだった。

カップルが店を後にするとすぐ、今度は30歳くらいの寡黙そうな男性が店員氏に話し掛けた。彼もアドバイスを欲しているようで、ハンチング帽が並んだ棚の前でレジを振り返っている。

帽子を購入する時、人は誰かに相談したくなるのだろう。
一通りのやり取りが終わったのを見計らい、会計をしてもらう。当初ひとつ買う予定が二つになった。


本日の1曲
新利の風 / HUSKING BEE


ギュードン・グラフィティ

皆こんなに牛丼が好きだったの?
米国産牛肉問題への関心もあいまって、吉野家の牛丼復活祭は注目の的だ。1日限りの復活祭に参加すべく、長い列に並ぶ人々。テイクアウトに1時間半の待ち時間。

夕刻に高円寺の店舗前を通りかかると、売切れの張り紙。交差点の向こうから店舗へと一直線に歩いてきたカップルも残念そうに踵を返した。

初めて吉野家の牛丼を食べたのは高校生の時。
当時田舎町に吉野家があるはずもなく、存在は知っていたがまだ食べたことはなかった。もっとも、その頃は毎晩おいしい家庭料理を食べていたし、友人とはファーストフードかファミリーレストランに行くくらいだった。
当時のバイト先の面々とドライブに出かけ、オレンジ色の看板がまぶしいインター近くの店舗に入店。味の記憶よりも(これがヨシギューってやつか!)と感動したのを覚えている。

学生時代を過ごした東京都西部(いわゆる多摩地区)にはどういうわけか吉野家は少なく、代わりにライバル、松屋が台頭していた。立川浪人時代、近所に華々しく松屋の新店舗がオープンしたこともあって、ほか弁、ファミレス、松屋、モスバーガーのローテーションが続いた。

一時期牛丼の価格はどんどん下がった。牛丼280円時代の到来だった。
学生の頃、夜遊びと共に牛丼はあった。疲れた体に清々しい明け方の”朝定”、小腹を満たしてから行くと飲み代が安くなるという理由で牛丼屋に寄ってから居酒屋に突進した日々。

先日久し振りに吉野家の豚丼を食べたのだがこれがヤケに旨かった。調子に乗って後日豚丼を再度食す。豚でも十分旨い。牛肉と変わんないよネー、と感心する自分に友人氏は『明らかに豚肉やろ。』とクールに言い放った。
”真夜中は何食っても旨い”と歌ったナンバーガールの曲を思い出した夜であった。


本日の1曲
Sentimental Girl’s Violent Joke / Number Girl


個性は楽しきFREITAG



街を歩いている時、あまり他人に視線を注ぐことはない。しかしある時から「あるもの」が気になり出した。

そのバッグはヴィヴィッドな色使いで目を引いたし、素材も独特だった。電車の中でバッグの持ち主と乗り合わせようものなら凝視してしまう。
無骨なハンドメイド感覚、がさつな扱いにも堪えられそうな素材。カラーやパターンは見つけるたびに異なっていたけれど、汚れもすらサマになる個性的な佇まいは一度見たら忘れられない。かねてから目についていたバッグには同じロゴが入っていた。

FREITAG(フライターグ)は、使用済みのトラックの幌で作られたスイス発のリサイクル製品。フライターグ兄弟が、当初は自分たちのために制作したバッグである。

バッグのパーツは輸送トラックの幌の他に、自転車のインナーチューブ、車のシートベルトを再利用。新品の素材の使用は最低限に抑えられている。バッグは身体障害者を雇う工場でも縫製される。単なるエコロジー製品ではない、その社会面にも注目して欲しいという。

商品の性質上、同じバッグは存在しない。素材の丈夫さと機能的なデザインも手伝って、FREITAGは世界中にファンを獲得した。2003年にはニューヨークの近代美術館(MoMA)のデザインコレクションにも加わっている。

本国のWebサイトでは自分だけのカスタムバッグをオーダーできるようだ。用意されたカラフルな幌に、パーツの型紙を自由に当てイメージを作っていく。画面に表示される幌には所々切り取られた跡がある。誰かが自分のバッグにその部分を使用したということだ。

”Mass markets have managed to flatten out every trend – and the worst thing about that is they deprive me of the feeling of being different myself.”
(大規模なマーケットはあらゆるトレンドを画一的にしました。そしてその最も悪いことは自分は違うという感覚をも奪ってしまうことです)

FREITAGを所持している人々にも共通の特徴が見て取れる。まず20代後半から30代の男性が圧倒的に多い。派手なバッグをファッションのアクセントにしている人もいるし、プリントパンツを合わせて賑やかな人もいる。なぜかヘッドフォン率が高いのも気になるけれど、どんなコーディネイトでもFREITAGは存在感を発揮する。

プロダクトとそれを選ぶ人間を観察すると、ファッション雑誌も読まないアウトオブデートな人間でもなんとなくそのプロダクトの性質が読めてくる。

ヨーロッパを駆け回っていたトラックの幌は、街へ。そしてそのバッグは世界中の誰かと確かに繋がっている。


本日の1曲
Cum On Feel The Noize / Oasis


20000Yen/90minutes

恐ろしいことに通っていた大学の1年間の学費は約180万円。誰かがさりげなく、単なる暇つぶしのつもりで計算したデータは、そこにいたぐうたら学生たちに衝撃を与えた。
”90分の講義につき、2万円”

皆は愕然とした。大学生は年間の3分の1が休日である。実質的に授業を受けている時間は驚くほど少ない。しかも・・・その授業のほとんどをサボるか、出席を取るためだけに座っていたのだった。

高校までは公立に通った。家族は自分を静岡県内の県立大学に入れる予定で、小さい頃からそのプランを聞かされてきた。『県立大学に通ったら車を買ってあげる』と言った。子供が乗りたい車は日産マーチから何故かアウディに変化しようとも家族は笑ってそれを約束した。

しかし高校生になって、目指した大学は美術大学。親に無断で美術研究所予備校に通い出した時から計画は狂った。志望大学入学のために親の勧める大学を蹴り倒し、高校卒業と同時に東京で一人暮らしを始め1年間浪人した。
大学はただでさえ学費の高い私立大学。浪人の1年間に加えて、留年して5年間の学費と生活費を貰い続けた。

小学生の時、祖母が『もう一度ハワイに行きたい』と言っていたのを聞いて『いつか連れて行ってあげる!』と約束したことがある。親戚を含めたハワイ旅行の計画が持ち上がった時は留年したことを家族ぐるみで親戚に隠していた時期だった。バツが悪くて行けなかった。連れていってあげるどころではなかった。

学務課でこっそりと渡された大学5年間の卒業証書。家族はそれを実家に郵送するように言った。めんどくさがっている自分に向かって『アンタ、それ貰うのにえらいお金ンかかったネェ』と祖母は笑っていた。


本日の1曲
Simple Pages / Weezer


コスメカウンター群像

『”心と身体は繋がっている”という考え方から、リラ・・・ク、ゼーションにも重点を置いています。』その日、我々はデパートメントのAYURAカウンターにいた。
隣にいた友人氏はビューティーアドバイザー氏の説明を聞きながら『ウーン、ウーン』と深く頷いていた。特に『繋がっている』のあたりで彼女の唸り声は一段と大きくなった。大きな目をさらに大きくし相手を見据え、あたかも酸っぱいものでも食べたみたいに切ない表情をしている。

BA氏はその台詞を研修で必死に覚えたのだろう。たどたどしくブランドの理念を棒読みする姿に苦笑するが、フト隣を見ると友人氏は何度も何度も頷いている。彼女はいたく感銘を受けてしまったようだ。まるで自分とは違う次元にいるようだった。

普段ならば(そんなのわかってるよ)と追いやる言葉もデパートで聞くと説得力が増してしまう。ブランドの新色を施したトレンドメイクと手入れが行き届いた指先に説得力は宿る。目の前で説明を続けるBA氏は黒目がちの瞳も可愛らしく、肌もツヤツヤとハリがあった。多少説明がたどたどしくても埋め合わせが出来るかもしれない。

AYURAはバスグッズのラインナップも充実している。身体に張り付いた一日の空気を洗い流し、気に入りの香りに包まれるのは幸せな一時である。
人気のバスエッセンスやシャンプー、ボディオイル等はどれも控え目な植物の香りが清々しい。ディスプレイの前でまだうっとりしている友人氏を横目に本日はボディー洗浄料を購入した。

購入の意志を伝えると店の奥から真新しい商品が取り出される。デパートならではの確認作業が待っている。『こちらの商品でお間違いないでしょうか?』お間違いことを確かめると、BA氏はこっそりと裏方のレジへ去っていく。
丁寧に包装された商品は『お帰りの方向』まで出向いた美容部員によって渡される。これらの一連の流れがちょっといい買い物をした感を生み出すのだろう。

売り場を後にしてからも友人氏は酸っぱい顔で熱っぽく語り続けていた。
慣れない説明を繰り返すBAと、熱心にそれに聞き入る女性の組み合わせ。デパートのコスメカウンターにはそんな光景が溢れているのかもしれない。


本日の1曲
しましまのバンビ / Chara


エレベーターのアイドル

近頃ダイエットに成功した友人氏はうんざりしていた。女性たちの質問攻めにあうことに。
彼女は体調を崩したのをきっかけに、食欲が減退し「自分でもわかるくらいにみるみる痩せた」らしい。体調が回復してからもスリムな体型を維持しているのは意識の高さの賜物だろう。
しかし普段の彼女を見ている限りダイエット女性にありがちなストイックさは感じられない。元々食欲旺盛なタイプではないにしろ、食事や間食を拒否することもない。

彼女は確かに痩せた。そしてその事実は女性たちの話題をさらった。
シャツから出た細くて柔らかな二の腕は結果が報われないダイエッターにとって羨望の的だ。そう、女性たちは”ちょっと細め”に憧れ、”華奢”と言われる日を夢見ている。最早平均体重では満足できないかのように。

彼女たちは金を惜しまず、一回に数万円の投資を繰り返す。あらゆるダイエットサプリメントを口に放りこむ。美を追求するには金がかかるのだろうか。
残念なことにダイエットに関心がありながら、努力が報われない女性もいる。自室でエクササイズをし、食事制限をしても結果が現れるとも限らないらしい。

報われないダイエッター達に芽生えた仲間意識は根強い。互いの顔を見ればダイエットの話をし、飲むだけで痩せる噂の薬について語り合う。彼女たちは健康を手に入れるためではなく、なによりも体重を減らすことに重点を置いているように見える。

ダイエットに成功した友人氏は行く先々で話題になってしまう。ダイエットは女性達の共通の話題のひとつに過ぎないのかもしれない。
先日エレベーターで職場の同僚たちと乗り合わせた。エレベーターの中でも彼女は話題の中心だった。高層ビルのエレベーターが地上に到着するまでの間、ダイエットの話題は密室に充満していた。

成功者は質問攻めにあう。羨望と嫉妬が入り混じった目線が彼女に注がれる。二の腕をつままれ、ウエストあたりを凝視され、大いに困惑していた。
痩せるのは大変だ。それに痩せた後も結構めんどくさいらしい。


本日の1曲
Days And Days / Fantastic Plastic Machine


911

その夜、仕事から帰ってインターネットに興じていた。コンポで音楽を再生し、ミュートの状態のテレビには背を向けていた。暫くして母親から携帯にメールが届いた。軽い気持ちでテレビを振り返り唖然とする。
アナウンサーは早口で何事かをまくし立てていた。事件か、事故か。詳しい情報はまだ公表されていなかった。アナウンサーは憑かれたように同じフレーズを繰り返している。

朝の空気に包まれた有名なツインタワー。そこから吐き出される黒煙。情報が無いまま呆然と見る映像は確かにニューヨークの景色だった。
そのうちもう一機が追突し、ビルは崩壊した。世界中の悲鳴が聞こえるような瞬間だった。映像はスケールを麻痺させる。ゆっくりと崩れ落ちたかに見えるビルディングは、聞いたこともない轟音を伴って崩れ落ちたはずで、地響きや粉塵は民衆を恐怖に陥れただろう。

巨大な旅客機が突っ込み、巨大な高層ビルが崩壊した。テレビの向こうで起きている現実と、自分の生活する空間にうまく接点が見つけられない。
慌ててニューヨーク在住の友人氏に電話を架けたが、電話は繋がらなかった。連絡の取れなかった数日間は胸騒ぎが治まらなかった。

それから1年後、ニューヨークを訪れた。あるパーティーで話したウォール街で働く青年は当日車道を走って逃げたと言い、若者はマンハッタンの大学の教室で授業前にそのニュースを聞いたと言った。
ブルックリンブリッジを歩いて渡っている時、友人氏はかつてツインタワーのあった方向を指差した。いつかこの目で見たいと思っていたツインタワーはもう無かった。マンハッタンの高層ビル群は絶対的な都会のイメージだった。ツインタワーが無くなる日が来るなどと想像できるはずもない。
マンハッタンを散策していると、ふいにワールドトレードセンター跡地に辿り着いた。
ビルが乱立する街並みの中に突如ぽっかりと穴があき、その上空は煙でくもっていた。事件以来、連日テレビで観た光景だった。広大な敷地にビルの巨大さを知る。背後のビルの外壁は、かさぶたがはがれたように剥き出しになっていた。

敷地の中では作業を続ける車両が数台。敷地を囲う高いフェンスには犠牲者の名前が書かれた看板が掲げられていた。無数のアメリカ国旗と手書きのメッセージボード。煙が立ち込めるグラウンドゼロ。
あの日、世界中に配信された絶望の映像と奪われた沢山の命。
自分の目の前の何も無いその土地に、浮遊している想いを想像した。傷ついた人間は絶望の先に何を見るのだろうかと時々考える。


本日の1曲
Wish You Were Here / Incubus



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テロ以降、落下や崩壊のイメージは徹底的に嫌われ、事件を彷彿させる映像や音楽は軒並み自粛された。
Incubusの新曲”Wish You Were Here”のミュージックビデオもそのうちのひとつだった。それはファンに追いかけられたメンバーが橋から飛び降りるというストーリーだった。ビデオの内容は極めて平和的だったが、放送を禁止するテレビ局もあった。

テロからわずか4日後、彼らはニューヨークでライブを行った。

”ショウの収益金は地元のラジオ局の協力もあって2倍の額となり、世界貿易センターの犠牲者の救済活動のためにすべて赤十字社へ送られた。Incubusはまた、募金カップやスタンドを立ててファンにサポートを呼びかけた。バンドはコンサート中に世界貿易センターの攻撃で犠牲となった人々に黙祷を捧げ、またショウの最中には観衆から何度か“U.S.A.、U.S.A.、U.S.A.”という叫び声が響いた。”(BARKSより抜粋)

当日の音源はシリアルナンバー入りの限定盤で発売され、街中を探し回ってCDを見つけた。それは同時多発テロの後、ニューヨークで行われた最初のライブだったという。


敬語お代官

大きな声では言えないけれど、ものすごく丁寧な言い回しをしているのに、ものすごく違和感を感じさせる人が職場にいる。ハキハキと明るく笑顔で感じもよいのだけど、その違和感の理由にある日気づいた。
『ランプが点滅なさっているんですね。』
『お車がお止まりになりますので。』
彼女は”何に対しても”丁寧過ぎる。

小学生の時のクラスメイトは授業参観で張り切るタイプの女の子だった。多くの父兄が教室後方にずらりと整列している。先生が生徒に意見を募ると彼女はものすごい勢いで挙手し、張り切ってガタン!と椅子から立ち上がった。

彼女はいつになく硬い表情で『エー、わたくしは』と切り出した。極度の緊張が彼女を田舎の小学生らしからぬ発言に導いてしまったのだろう。彼女は頭脳明晰を鼻にかけるタイプの生徒でほぼ期待通りのオチだった。きっと自分の母親だけではなく、そこにいる全員の父兄にまで優等生をアピールするつもりだったのだろう。
「わたくし」って小学生の言葉じゃないダロ、と皆が思ったはずだ。クラスメイトたちは笑いを堪えるのに必死で、本人はその後も決してその話題に触れなかった。

最近では『形(カタチ)』もよく使われているようだ。くどく使わない限りは誤用ではないと思われるが、一文に何度も登場するとわけがわからなくなる。以前顧客のクレームを対処していた上司氏は、おそらく痛いところを突っ込まれたに違いない。上司氏は電話口でひたすら恐縮していた。
『お伺いするカタチ・・・のカタチです。』
『そのカタチ・・・でやらせていただくカタチです。』
そしてどんどん言葉遣いが変になっていった。

接客敬語も気になる。何にでも『〜ほう』や『〜になります』をくっつける人や、『よろしかったでしょうか?』と同意を求められると、ならないし、よろしくない!と地団駄を踏みたくなる。
そういえば学生の頃の授業で尊敬・謙譲・丁寧語の単元があった。そんなものとうに忘れてしまったが、それらの発言には明らかに違和感がある。日本語は難しい。

ある同僚は『左様でございますか。』という一般的な相づちを噛んで『さようか。』と言ってしまった。それは時代劇のようで悪くないが、ビジネスには不向きかもしれない。


本日の1曲
丸の内サディスティック / 椎名林檎